「優哉っ・・・!!」






いつも悪夢にうなされる。
優哉が殺された、あの日の光景・・・。

こっちは戦う気などまるでなかったのに攻撃してきた。
無抵抗の優哉は一瞬で、無慈悲に・・・。
まるでゴミクズのように殺された。


忘れられない、あの光景。

許さない、あのシュミクラム・・・


俺に為すべきことは優哉の仇討ち、復讐だ。
絶対にヤツを見つけ出し、そして殺してやる・・・。

俺は、その為に軍隊へ入った。






軍隊生活は思ったより悪くない。
シュミクラムパイロットは俺の適性にマッチしていたし、一人無愛想な女が居るが同僚は概ねいい奴ばかりだし、ここに居ると意外な心地良さを感じるのは確かだ。

だが忘れてはならない。
俺は優哉の仇討ちを果たすために軍隊に入ったのだ。
あきらは消息不明、月菜は復讐やる気なし、バチェラは元々無関係。
優哉の無念を晴らせるのは俺だけなのだから、そんなものに溺れている暇は無い。
仲間とはある程度距離を取った方が良いだろう。



まずは優哉を殺したシュミクラムの情報を集めなければならない。
となれば情報室しか無いだろう。軍隊だけに、その情報量は半端ではなかった。
それでも根気良く捜せば、いつかあのシュミクラムを捜し出すことが出来るはず・・・。
俺は周囲の雰囲気に流されないよう、気を引き締めるのだった。


諜報活動は基本的に一人だ。
復讐の為に軍に入ったなどと知られたら流石に立場が悪くなる。情報室にハックを仕掛けていたりもするし、バレたらタダでは済まないだろう。誰にも喋るわけにはいかない。
結局頼りになるのは自分自身の技術と、そして強固な信念だけなのだ・・・。
そんなわけで、毎度のごとく情報収集に勤しむのだが、少々邪魔な存在があった。




紫藤彩音・・・。
同じ部隊に所属するシュミクラム乗りだが、自分が情報室に入り浸るのと同じように、彼女もまた頻繁にここを訪れる。
一体何をしているのか?
そう思い探りを入れてみたところ、「お前には関係ない」と冷たくあしらわれてしまった・・・。

まあそれは今に始まったことじゃない。
基本的に彩音は誰にでも無愛想で、そして何事にも無関心。戦闘に入れば狂ったように敵を攻撃し、チームワークなどお構い無しの単独行動をいつも取る。
その協調性の無さと身勝手な性格に小隊の仲間も結構手を焼いていた。それは勿論小隊の外でも・・・。

彩音は軍にとってかなりの問題児だった。
こんな女にはあまり関わらない方がいいに違いない・・・。


だが、何故か気になってしまう。
冷酷に徹する彩音の表情。
危険を顧みない暴挙。

一体何をそこまで思い詰めているのか?
貞操や生命の危機に幾度となく晒されているのに、何故懲りずにまた行くのか?


分からない・・・。
それでも氷のような彼女の表情は何処か危うげで、無理をしているとしか思えなかった。
何故なら俺は、その仮面の下に隠された彩音の感情を垣間見てしまったから。


彩音の涙を見てしまったから・・・



涙の訳は一体?
それが分かったのは、彩音と一悶着あった時のこと・・・。





俺と彩音は戦闘中に喧嘩。二人はめでたく営倉入りとなる。
その時彩音が俺に漏らしたのは、「仇討ち」という言葉だった・・・。

そこで俺は納得する。
俺が優哉の仇を討とうとするように、彩音もまた仇討ちの為にその身を焦がせていたのだ。


思い詰めた表情も鬼気迫る言動も、これで全て説明がつく。
彩音には何が何でもやり遂げねばならない使命があったのだ。

その最優先事項を前にすれば、他人のことなどどうでも良くなるのだろう。
余所見などしている暇は無いのだろう。
俺には彩音の気持ちが痛いほど理解できた。


多分、最初の自分もそうだったから・・・。





復讐に燃える俺。
そして、やはり復讐に燃える彩音。
二人は似た者同士かもしれない・・・。

そう思った時、もはや以前のような嫌悪感は跡形も無く消え去って、
改めて彼女を見れば、その身体が当たり前のように華奢なことに気付く。


彩音はこんな弱々しい身体で戦っていたのだ、独りぼっちで・・・


同情よりも、切なさよりも、むしろ痛ましさを感じる俺。
それは復讐を志した者にしか分からないのかもしれない・・・。


復讐の相手が誰なのか、それは知らない。
優哉のことを誰にも打ち明けていない俺には、問い正す資格も無い。
ただ彩音の復讐が達成されれば良いと、それだけは心から願った。
たとえ不毛でも、それが生きる力になるのならば・・・。







その日以来、俺と彩音の距離は少し縮まったのかもしれない。
相変わらず彩音は無愛想だけど、その表情には微妙な変化が見え隠れしていた。
仲間達にもそれは何となく伝わったようである。
復讐の支障にならない程度で良いから、彼等とも上手くやってくれることを願って止まない。


そんな中、ある疑惑が持ち上った。
前々から軍が手を焼いているテロ組織「飛刀」に対し、軍内の誰かがスパイとして情報を垂れ流していると言うのだ。
俺も含めた小隊の連中は怪しまれたが、それより先にスパイ疑惑が彩音にかかった。

無理も無い。
情報室の使用頻度やテロリスト達が侵入してくるタイミング等、あらゆる点からして彩音は疑われて然るべき行動を取っていたのだから・・・。

だが、俺は彩音を信用したい。
仇討ちにやっきになっているとは言え、裏切り行為など彩音が働くはずがないから。
彩音はそのくらいの常識をわきまえている女だと、俺は確信している。

それは仲間も同じ気持ちである。
俺達は彩音を庇い、彼女の容疑はひとまず晴れるのだった。
その時彩音が見せた辛そうな表情が、少し気になりはしたが・・・。



とりあえず不審が沈静化するまでは、俺も諜報活動も控えねばならない。
スパイ行為など働いていないが、俺がやっていることは確かに不正なことなのだから。
彩音の方も、まああれだけ疑われた後だから行動を慎んでいるに違いない。
今情報室などに出入りしたら、それこそ自殺行為である。

だがそう思っている矢先、俺は彩音を情報室で発見してしまった。
しかもあろうことか、軍の機密をテロリストに流していた・・・。
スパイの正体は、噂どおり彩音だったのだ。



俺は目の前が真っ暗になる。
彩音は仲間を裏切っていたのだ。あれだけ皆が信じ、庇ってくれたのに、恩を仇で返していたのだ。
その神経が信じられなかった。


だが同じように・・・、
彩音が考え無しに裏切っているというのも信じられなかった。


あの時と同じく、彩音はまた泣いていたのだ。
仲間を裏切る苦しみに耐えられないと言いたげに、嗚咽を漏らしていたのだ・・・。

きっとそれには何か訳があるはず。
彼女の本心を聞いてみたい。
そう思い問いただした時、遂に彩音は抑えていた感情を顕わにした・・・。
そして俺は、彼女の全てを理解する・・・。


殺されたのは自分の弟で、殺したのはゲンハという男。
「飛刀」に情報を送っていたのも、ゲンハが「飛刀」に所属していたからだ。
軍機密という餌をばら撒きテロリストをおびき寄せ、侵入して来たところでゲンハを付け狙ったのだ。
その行動はあの男が死ぬまで決して止まらなることが無いだろう。



だから彩音は独りだった。
仲間を裏切り続けるのが辛いから、初めから他人のように振舞っていた方がいくらか罪悪感も減ると思い込んで・・・。

狂ったように敵へ突っ込むのも別に戦闘狂だからじゃない。
自分が敵を招いてしまったのだから、せめて一人でも多くの敵を自分が引き受けなければ申し訳ない。これは騙されている味方に対する彩音なりの罪滅ぼしだったのだ。

でも彩音は元々強い人間じゃないから、いつも押し潰されそうで・・・。


内に篭り、干渉を避け、危険に身を晒す。
半ば狂人となることでしか自分を保てなかった彩音は、あまりに哀れだった。
だからこそ・・・、


俺は決心する。
彩音の復讐に加担し、その罪を共有することを・・・。
あまりに一途な彩音をこれ以上放っておけないから。
だがそれよりも、彩音のことが好きだから・・・。

その雰囲気が伝わったのか、彩音は驚いた表情をしながらも、決心を固める。
一緒に俺の気持ちも伝わってくれれば嬉しいと思った。








そして決戦の日―
テロリストに情報を流した俺と彩音は、その侵入を予測し待ち構える。
これによって、また罪の無い他の軍人達が犠牲になるだろう。

そう分かっていても、今は彩音だけを助けたかった。
それにもはや俺も裏切り者の共謀者なのだから、今更怖いものなど無いだろう。
今は、後ろから彩音をフォローすることだけ考えればいい。



決心の固まる中、彩音は俺を見上げ、呟いた。

「もしかして、私、全てを終わらせたかったのかもしれない・・・」


そう、全て終わらせる。
下らないスパイ行為や騙し合いも、ゲンハの命も、そして彩音の苦しみにも全て終止符を打つ。

仇討ちが終われば、彩音の心は全て解放されるから・・・。

そう信じ、俺達は出撃した。
そして・・・






遂にゲンハを仕留める。
醜悪な欲望、残忍な性格、そして凶暴なまでの戦闘力。
決して生きていてはならない人間だった・・・。
だから今までこんな男と独りで戦って来た彩音に、改めて労いの言葉をかけたい。




巻き込んだのは何も知らない人達。
二人の犯した罪は簡単に償えるものではないけれど・・・、


二人で償って行けばいい。彩音の側にはいつも俺がいるから・・・。

だから今はただ事実だけを噛み締めればいい・・・。







復讐は終わったのだ。
これから彩音は誰も裏切らなくて良いのだ。


その時、初めて彩音が号泣した。
俺に胸を預けて、子供のようにただひたすら・・・。







それからの彩音は俺に完全なる信頼を置き、色々なことを話してくれた。
大好きだった弟のこと、楽しかった昔の職場のことを懐かしむように・・・。

心の傷を忘れることが出来ずすすり泣くこともあるが、それは俺が支えたい。
それを分かっているのだろう。彩音の俺に対する視線は、信頼以上のものを帯びていた・・・。

多分彩音も俺のことを好きで居てくれる。
そう確信できる今、これ以上の幸せは無かった・・・。





だけど、俺の心にはあと一つだけわだかまりが残っている・・・。
それが優哉の仇討ち。
本来、そのために生きてきたはずだった。

だけど彩音と過ごす日々は余りに幸せすぎて・・・。
俺はいつの間にか復讐の心をどこかへ置き去りにしていた。



だが、それでも構わないと思う。
復讐が如何に不毛で不幸なものか、彩音と過ごして分かってしまったからだ。
クーウォンというテロリストは俺のことを「理想を忘れた堕落者」と罵ったが、それ時に新たな不幸を呼び寄せることを俺は知っている。自分の信念だけが全てじゃないことを俺は既に知っていた。

どちらにしても仇に関する手がかりは一向に見つからないことだし、もう復讐は諦めて良いだろう。運が無かったと割り切ればいいのだ・・・。







だけど、それは思わぬ場所から再起する。
憎むことを止め、彩音と共に平穏に過ごそうと思った矢先、その彩音本人から仇の情報を手に入れたのだ。

まるで不明ならまだしも、相手が分かっているとなれば話は別だろう。
目の前に吊るされた機会を放棄するほど、俺は人間が出来ていなかった。
封印したはずの殺意がまた込み上げる・・・。




そんな俺に、彩音は静かに言った。
「今度は透の番だ」と、何故か切なげに・・・。

その真意は分からなかったが、俺の為に苦労して仇を見つけ出してくれた彩音に感謝せねばならない。

これが終われば、本当の意味で俺の人生を始めることが出来る。
その時は彩音も、きっと側に居てくれるに違いない・・・。



だから先行きは上々、将来はこの上なく明るいはずだった。
それなのに・・・、



何故、彩音は泣いているのか・・・


俺が戦闘で命を落とす危険を心配してのことだろうか?
それはほとんどない。俺は負けるつもりもないし、そして側には彩音が居るのだ。
いざとなれば、ゲンハを倒した時のように二人して戦えばいいと思う。

ならば、不毛な復讐に身を投じる俺を哀れんでいるのだろうか?
そんなはずはない。彩音は俺の気持ちを全て理解してくれているし、復讐を果たさなければ救われない魂があることを誰よりも知っているはずだ。
そもそも俺を行かせたくないなら、黙っていれば済むこと。
やはりよく分からない・・・。



ただ、彩音が俺を愛してくれていることと、彼女は最後まで俺の味方だということは分かった。
彩音の口からそう聞けたのだから・・・。
それだけに涙の意味が掴めなかった。



こうなったら考える前に行った方が良い。
今度こそ全てを終わらせるべく、俺は彩音に連れられてネット世界にダイブする。
優哉の為に、俺の為に、そして彩音の為に・・・。









そこは見慣れた軍の演習場。
だが、その空間には俺と、そして彩音の二人だけしか居らず、肝心の優哉の仇が居なかった。

意味が分からない俺は、思わず彩音に訪ねる。

「仇はどこだ・・・」



あるいは、この雰囲気に耐えられなかったからかもしれない。
その雰囲気が何か不吉な色を帯びていることに、無意識に気付いていたからかもしれない。
まるでそれを予想したかのように、彩音は事も無げに言い放った。

「仇はこの私・・・」






何かの冗談なのだろう。
彩音が無抵抗の人間を殺すはずはないし、何より彼女のシュミクラムは優哉の仇とは似ても似つかない。
そう思い込みたかった・・・。

しかし彩音がシュミクラムを変形させ、それを目の当たりにした時、俺は一瞬で理解する。




その可変型シュミクラムのフォルムは、あの時とまるで同じ。
忘れるはずも無い、憎むべき姿。

優哉の仇は彩音だった・・・


俺は憎しみを顕わにする。
しかし、それ以上に絶望の色を隠せない。



何故、彩音が優哉を殺したのか?
何故、俺が彩音と対峙しなければならないのか?
運命の皮肉を呪わずには居られなかった・・・。



それでも、いくら仇とは言え、彩音と戦うことなど出来ない。

いや、その前に何か理由があるはずだ。
いつも彩音の行動には何かしらの理由があったから・・・。

そう信じて彩音を説得する。




しかし彩音は頑なで、何も言おうとしない。
あまつさえ俺を攻撃してきたのだ。「ここまで来たら戦う以外に無い」と、悲しい声で叫びながら・・・。




もう何を言っても聞いてくれない。
だから迎え撃つしかない。
俺は反射的に戦闘体制に入り、彩音を攻撃していた。

そして気付いた時には・・・、


傷付いた彩音が地面に横たわっていた・・・






俺は駆け寄り、その時彩音はあの日のことを口にする。
決して殺そうとして殺したのではなく、あれは無意識だったと。
ゲンハとの戦いで負傷し無我夢中で、ただ死にたくなかったから目の前に居る存在を攻撃したのだと。

あの時俺と優哉は死にたくなかった。
だが、同じように彩音も死にたくなかったのだ。
仇討ちを果たすまで、彩音は誰にも殺されるわけにはいかなかったのだ。

それは誰に責任があるわけでもなく、命ある人間なら仕方の無いこと・・・。
それなのに彩音は、果たされるはずのない仇討ちを成就させるため、自らの死で俺に報いようとしたのだ・・・。



俺は今度こそ復讐の無意味さを痛感する。
こうやって人は誰かを憎み、誰かを殺す。
どこかで止めない限り、その憎しみは広がり続けるだけなのだ・・・。

そして過ちを繰り返したことに後悔する。
優哉を失っただけではなく、今度は彩音さえも失うところだったのだ・・・。






だからもういい。
全てを断ち切り、新しくやり直そう。
何かを失ったのなら、また何かを見つけ出そう。


これ以上好きな人を失うのは沢山だから・・・


俺の大切な人は、まだここに生きているのだから・・・



負傷した俺は、途切れる意識と共に、そう決心していた。
彩音と一緒に生きていくと・・・。










病院のベッドで意識を戻した俺。
彩音の姿を捜すが、見当たらなかった。

聞けば彩音は、軍を辞めるつもりと言っていた・・・。

それは責任の取り方の一つには違いない。
だが・・・

身勝手もいいとこではないか・・・。
そんなことで解決するはずがないのに。
俺は彩音が居ないとダメなのに。

気が付けば俺は彩音を追いかけていた・・・。




彩音は言う。
あまりにも迷惑をかけ過ぎたと。
申し訳ない気持ちで一杯だから、姿を消すことで償いをすると・・・。



分からず屋もいいとこではないか・・・。
迷惑だと思うなら助けなどしない。
それに申し訳ないと思うなら、何故そこに止まって償いをしようとしないのか。
彩音の理論は、子供がする思い込みと同じだ・・・。



だけど・・・





もしかしたら、これが本当の彩音の姿なのかもしれない・・・。


弱くて、頼りなくて、一人で悩んで・・・
復讐に生きている間、それを抑えていただけかもしれない・・・。







思えば、出会った頃の彩音は、いつもすましていた。
こちらが話しかけるとすぐに怒っていたものだ。
でも、


本当の彩音はいつだって泣いていた気がする・・・
誰かの助けを求めていた気がする。

あの時も、その時も、



そして今、この時も・・・





彩音はいつも泣いてばかりだ・・・



だから俺が側に居なければならない。
普通に笑って、普通に怒って。
そんな日が彩音に訪れるまでは。
そして訪れてからも・・・。



何より俺が側に居て欲しい。
せっかく見つけた大切な存在だから。
俺は彩音のことが好きなのだから・・・。






それだけを俺は彩音に伝え、そして抱きしめる。
彩音は相変わらず泣きべそをかいたままだけど、でもその後確かに笑ってくれた。抱き返してくれた。
そのか細い腕と柔らかな身体を、俺に力一杯預けながら・・・。











こうして俺は再び軍人生活を歩き出す。
負ける気などはまるでしない。
俺はエースで、仲間達は精鋭揃いで、
何より俺の側には大切なパートナーが微笑んでいるのだから・・・。











今、館内に鳴り響く警報・・・。
だけど、そんな時でも二人は笑って、そして軽やかに駆け出せるだろう。
互いの手のぬくもりがある限り・・・。