人よりちょっぴり優れた能力を持つ者。
そんな能力者と呼ばれる人間が集う風音市。
でも大して役に立つ能力じゃないから、別段騒ぎ立てるほどでも無い。
そして、能力なんてそれ程関係無い。

普通で、そして平和。
そんな風景を誰もが望んでいるはずであり、そこに特殊能力が介入する余地は無いはずだから。

俺も結局普通の人間がしているのと変わりなく、連れと遊んで、その中で新しい人間に出会って、その人間達で形成するコミュニケーションの中で生きているだけ。
何事も無く解決する、そんな日常だ。
特に特別な能力など無くても、平穏は手に入れることが出来る。
そしてそれが、人として当たり前のことなのだろう。


だが、その平穏がただ一人の少女によって守られていたことは、あまり知られていない。
彼女・月代彩の孤独な闘いが風音市を支えていたことなどは・・・。







彩ちゃんはとても大人しい女の子。
無口で、誰にも心を開くことが無く、だから友達も出来ない。
そんな悪循環を纏った少女である。
こんな可愛い女の子が、何て勿体無い青春を過ごしているのだろう。
俺としては、とても見過ごすことが出来ないな。

彼女の後ろ姿は近付き難いオーラを放っていたけど、女の子には笑っていて欲しいと思うから。

何にも増して、
その後ろ姿は余りにも寂しそうだったから・・・。


彼女の瞳は一体何を見つめているのだろう?



ともあれ俺は彩ちゃんに近付いた。
彼女の背負う重すぎる使命など知ることも無く、ただ彼女を幸せに近付けたい一心で・・・。



彼女にとっては余計なおせっかいだったろうか?
嫌がる彼女を無理やり連れ回し、みなもや勤達に引き合わせても、彼女は何時でも訝しげ。
何処となく距離を置きたがる彩ちゃんを見て、性格とか相性などではなくもっと違う次元の何かを感じた。
そんな彩ちゃんにとっては、友達と同じ時間を共有したり楽しくお話するなどという所業は、ただの押し付けでしか無いのだろうか?

わからない。
彼女はいつも何事にも興味無さそうに虚空を見据えるだけで、何も話してくれないから・・・。




それでも、確かに笑っていた・・・。


夏、皆で花火をやったこと。
夏祭りに連れて行った時のこと。

その時見せてくれた笑顔は決して偽りじゃないと、そう思える。
楽しい思い出はいくらでも作れる。そう彼女に気付かせてあげることが出来たと信じる。

俺と過ごす彩ちゃんは、その時一人の女の子だった・・・



だから、あの数々の笑顔が偽りだったなど、とても信じることが出来なかった。
冷酷な殺意を纏う姿こそが彼女の本性だなど、悪い夢だと思いたかった。



でも、現実はいつだって冷酷で・・・。



秋人おじさんが死に、わかばちゃんが襲われ、それが全て彩ちゃんの手によるものだという事実。
更にお袋を殺したのも彼女の仕業と聞いた時、倒れそうな自分を止められなかった。

とても信じられない。
優しいはずの彩ちゃんが、何故そんなことを・・・?



それは、彼女があまりに重い宿命を背負っていたから・・・。



彼女は不死の人間で、風音市の守護者のような存在。
彼女の使命とは風音市を守ることで、その為には街に住む能力者達を生贄に捧げなければならないらしい。
だから人を殺し、1000年も続けて尚走り続けている。
そうしなければ街は消滅してしまうから、と・・・。

そう言って歯噛みする彼女は、痛ましいほどに哀れだった・・・。





とうの昔に疲れ果て、とうの昔に涙を忘れ、
変わらないのはその可愛らしい姿だけ。

だけど心はいつも虚無・・・



誰か彼女を助けることは出来ないのか?
俺は彼女の力になれないのか・・・?


その問いを彼女は完全に否定した。
そんなことが出来るならとっくの昔にやっていると、まるで子供のような言い草で・・・。



でも、本当にそうだろうか?
確かに簡単には解決出来ないかもしれない。
1000年も考え続けて来て未だ答えが出せないのだから、彼女が行き詰まるのも良くわかる。

だけどそれは彩ちゃん独りの結論でしかない。
他人の知恵と力を借りれば、もしかして解決策が浮かんだのではないか?
それを知らせるために秋人おじさんも、そしてお袋も、君に近付いたんじゃないか?



時には誰かに頼ること。
それが、生きるってことじゃないのか・・・?




1000年という膨大な時間を過ごして来た彼女だけど、惜しむらくは井の中の蛙・・・。
ただ人を殺し、その屍の上を歩くことしか知らなかった。
彼女は人としての経験が不足している、ただの子供と変わりなかったのだ。

だからその経験を補おうとしてくれる周囲の人達を拒絶し、聞けば誰も自分の気持ちを知らないと突っぱねる。だから彼女は心豊かになることなく、誤解を生んだまま・・・。
長い間生きていようと、やはり君はまだ子供なんだ。

だから大人になろう。
確かに君の辛さは誰にも解らないけど、君を想う人は確かに居るはずだから。
お袋、秋人おじさん、わかば・・・。
そして俺・・・。



俺は、君の心を救いたい・・・。









その心が届いたのだろうか?
彩ちゃんは言った。
悪夢から覚める方法と、それを託せる人物が俺であることを・・・。


風音市が子供であり、その守護者である彩ちゃんも子供であるならば、
その子供特有の無統制が消滅するのは大人になった時であり、それはつまり彼女が大人の女性になる時に他ならないと・・・。


見上げる彼女は、俺に抱いてくれと言っているのだ。
恥じらいながらも俺を求めているのだ・・・。




断れるはずも無い。
俺達の故郷である風音市を救う為に必要な儀式であれば、喜んで俺は彼女を抱くだろう。

何よりも、彼女には大人になって欲しい。
人間として生きて欲しいのだ・・・。







だが俺が彼女を抱くのは、本当はそんな理由からじゃない。



例えばみなも。
みなもは俺のことを強く想ってくれているし、それは俺にも充分に伝わっている。
だが、俺は敢えてそれを受け入れない。
何故なら、俺が好きな女性はみなもじゃなくて、
今弱々しく震える目の前の少女なのだから・・・。


俺は彩ちゃんのことを誰よりも愛しているから、彼女を抱くのだ。


今、俺の前で恥らうこの少女は、可愛いらしい一人の女の子だった・・・。



だから俺は心から彩ちゃんを感じたい。
彼女の望むままに、そして俺の望むままに・・・。


成長するんだ。
君も、そしてこの俺も・・・。

そして約束しよう。
君を必ず幸せにしてみせると・・・。



それは、これから二人が一緒に歩く未来への入り口。
俺はそう信じて疑わなかった・・・。














・・・・
はずなのに・・・。


またしても信じられない事実。
彩ちゃんはあと少しで居なくなるという・・・。
彼女の操る風が消えることは、そのまま彼女が消えることを意味し、だから否応なしに別れがやってくる、と。
突然、そう彼女の口から告げられたのだ・・・。


これこそ本当の悪夢だ。
やっと1000年の呪縛から解放されたのに、
今度こそ本当の笑顔を手に入れたと思ったのに・・・。
生きて行く権利さえ無いなんて、彼女はそんな仕打ちを受けるほど重い罪を背負っているのか?
誰にも出来ない責任を果たしていただけなのに、それを仇で返すのか?
俺は神様を恨みたかった・・・。






でも彩ちゃんはそんな時でも俺に微笑みかけて・・・。
残された時をただ精一杯生きたい、とそう言うだけだった。


ならば俺に残された道は、一分一秒でも長く彩ちゃんと共に過ごすこと。
いや、過ごしたい・・・。

俺の部屋、近くの公園・・・。
それこそつきっきりで、彼女と共に俺は生きた―――。









ずっと縛られていた彼女には何もかも新鮮に映ったことだろう。

彼女はきっと知っただろう。
特別な能力が無くても、人は幸せに過ごせるということを・・・。
それを彩る日常の風景は、こんなにも素晴らしいものだということを・・・。

だから彼女は何時でも何処でも楽しそうで、数え切れない笑顔を見せた。


1000年分の幸せを満喫するかのように


そして、
最後の命の灯火を燃やし尽くすかのように・・・





楽しい時間とは、すぐに終わってしまうもの・・・。
彼女がこの世から消滅する時が、すぐ目前に迫っていた。





俺は思わずには居られない・・・。





彼女に悔いは無いのだろうか?
俺は彩ちゃんに何か与えることが出来ただろうか?


彼女を幸せにするという約束すら果たせなかったこの俺が・・・。







だけど彩ちゃんは首を横に振り、
自分は幸せだったと優しく微笑み、
新たな約束を俺に与えた。
幸せ以外を感じさせない、眩しいばかり表情で、


「どうか幸せになって下さい」と・・・。



その時―――。
そう言って指を絡めた彼女の笑顔
「約束は破ってはいけない」と、そう嗜める君の姿に、















遠い昔のみなもが重なる・・・













そう・・・。
遥か昔、幼かった頃・・・。

みなもは俺に言った。
「再会したら、まこちゃんのお嫁さんにして欲しい」と、無邪気にそれでも真剣に微笑んでいた。

そんな、記憶も薄れるような儚い誓い。
でも、一途だった想い。




俺は、もう一つの約束を思い出した・・・。





彩ちゃんを幸せに出来なかった俺だけど、
昔交わした約束があり、未だ果たせていない約束がある。



俺がこれから果たす約束。
俺がこれから守る者。








まだ、俺にも大切なものが残されていたんだ・・・。











気付かせてくれてありがとう、彩ちゃん。
そしてごめん、君を守れなくて・・・。



せめて君の言う通り、みなもを幸せにしてみせるよ。
それはみなもとの約束を守ることで、同時に君との約束を守ることだから・・・。





だからその約束を胸に、
俺たちの想いを希望に変えて、







さようなら、彩ちゃん・・・



こうして彼女は儚く消える。
俺に降り注ぐ光とそして君が愛した風は、俺にただ優しかった・・・。





そして、みなもも優しかった。
彩ちゃんの為に涙を流すこの俺を、
これからもずっと彩ちゃんのことを一番に愛し続けるこの俺を、
ただ黙って抱きしめてくれた・・・。


「私も彩ちゃんに負けないくらい、まこちゃんのことが愛してるから」
ただ、そう口にして・・・。






幼い時の一途な気持ち、変えることなく・・・







ありがとう、みなも―――。



俺はきっと幸せになれる。
俺達は、間違いなく幸せになれるよ・・・。



そして彩ちゃん。
俺達はきっと君のことを忘れない。
君はこの街に、そして俺とみなもに幸せを運んでくれた人だから。

俺達が愛する人だから・・・。











そんな、素敵だった彼女・・・。













彩―――。
時が流れても、その懐かしい名前は俺達の記憶から離れない。
だから俺達の子供が出来た時、俺もみなもも当たり前のようにその名前を思い浮かべた。

これも、風達の巡り合せただろうか・・・?









何はともあれ・・・。



俺とみなもと、そして生まれてきた彩と平穏な家庭を。
君が守ったここ風音市の一角で、確かに幸せの鼓動が脈打っていた・・・。






そんなある日―――。
彩は空を見上げ、宙に手を掲げる。
その仕草はまるで何かに別れを告げるようで、
同時に何かを掴み取ろうとしているようで・・・。
それはかつて君が望んだもの、そして今君が望むものかもしれないな・・・。







だから君に、俺は囁く。





今まで精一杯生きてきた君に、感謝と親愛を込めて・・・。
これから精一杯生きていく君の、幸福を願って・・・。


















『おかえり、彩ちゃん・・・』












その時風は、彼女を優しく包み込んでいた・・・。