愚考≠考察




独り言 

Fate/Stay nightプレイ中・第八回(2004/03/7)
「汚点、『ヘブンズフィール』」

ネタばれアリ

独り喋り
相馬 透<ステッペン・ウルフ>
(※画像引用:戯画
















「やあ、しばらく・・・。
『Fate』発売から既に1ヶ月以上。そこから与えられた興奮や熱を、皆が少しずつ沈静化させて行く中、その記憶を着実に過去のものへ押しやって行くプレイヤーが続出する中で、俺という人間はまだまだ現役。エロゲ界では今も期待の新作が大波のように押し寄せているというのに、その止まることを知らない生産と発売のサイクルは業界が消滅するまで繰り返されるというのに、それでも俺は『Fate』の世界で止まったままなのだよ・・・。」





「思い起こせば懐かしい、エロゲを始めたあの頃。そこから早や5年が経過し、そして迎えた2004年の2月・・・。
俺は運命に出会ったのだ、まさしく・・・。
生きている限り燃え尽きるということは無いけれど、『Fate』は一つの区切りを付けるに相応しい。この名作は、自分にある種の引導を渡す存在だったに違いない。
俺は、『Fate』を買って良かった。出会えて良かった・・・。
それはもしかすると、いつもの惰性を働かせて見送ったかもしれないタイトルだ。だけど、それでも最終的には購買という選択肢を選んだ。その自分の気まぐれに、今はただ感謝するばかりである・・・。
って、何か湿っぽいな。こういうのは良くないが・・・。
まあ感傷に浸るのは今だけだ。とにかく俺が言いたいのは、『Fate』は俺にとって重要な意味を持つタイトルだってことさ・・・。
終わり良ければ全て良し。まったく以って『Fate』との出会いは最高だった。心底そう思ってるんだよ、この俺はな・・・。





「だが、それでも一抹の不信は残る。
確かに俺自身のエロゲー遍歴の中での出会いと終幕としては、『Fate』は完璧過ぎるほど完璧だろう。だけど、その『Fate』自体の終幕はあれで良かったのか・・・?
つまり、『Fate』の公称『グランドフィナーレ』たる桜ルートの幕の引き方。誰が何と言おうと、TYPE-MOON自身がそう言明してやまない『Fate/stay night』の大団円、『ヘブンズフィール』の存在力。それがセイバールート『フェイト』および凛ルート『アンリミテッドブレイドワークス』に比して、余りにもチャチだったんじゃないかってこと・・・。
プロローグからずっとフルアクセル。6速のまま最後まで行けるエロゲが『Fate』だと俺は信じ切っていたというのに、最後の『ヘブンズフィール』が予想以上に出来損ないなもんだから、俺は危うくエンスト起こしそうになったんだよ・・・。」





「そう。『Fate』において、『フェイト』と『アンリミテッドブレイドワークス』は確かに付け入る隙が無い。だけどそれだけに、『ヘブンズフィール』の粗が目立って仕方なかった。第一節及び第二節は些細な反論など意に介さないほどの勢いを持っていたのに、よりにもよって肝心の最終節にその勢いが無かったのだよ・・・。
まさしく詰めの甘さがプンプン匂う事態。まさしく誤った幕の引き方。俺が『Fate』に全幅の賞賛を贈れない点がここにある。
何故ならば・・・。
『フェイト』と『アンリミテッドブレイドワークス』をプレイ中、俺は飯を食うことも、眠ることすら忘れていた。だが、『ヘブンズフィール』をプレイしている時、俺は当たり前のように空腹をもよおし、何度も何度も睡魔に負けてしまったから。細胞がそう判断したからだよ・・・。
これはつまり、集中力を発揮出来なかったということ。そして集中力を.発揮出来ないということは、その対象に吸引力が足りなかったってことのに他ならないんだ・・・。
要するに、『フェイト』と『アンリミテッドブレイドワークス』は絶対の存在。だけど『ヘブンズフィール』は絶対じゃない。だから『Fate』も最終的には絶対と成り得ない・・・。
大した差じゃないように思えるが、この差は正直、天と地ほどの開きがある。そしてその落差あるが故に、この名作は有終の美を飾ることが出来なかったんだ・・・。
そう。『Fete』を貶めた最大の要因は何よりも『ヘブンズフィール』の存在。そして、その『ヘブンズフィール』を構成する諸要素・・・。」






「つーか桜!お前だよ、お前!!
全部お前のせいだ!!
セイバーが黒いのも、士郎がダサ坊なのも、アーチャーの背中がすすけてるのも、全部お前のせいなんだっ!!
それ、分かってんのか桜ぁっ!!」






「くそっ、間桐桜め。何者なんだこのガキは・・・?
桜なんて、ただ自閉症なだけの女子高生じゃないか。自分の居場所が無いもんだから、唯一の逃げ道である士郎のご機嫌取りに躍起になってるだけの茶坊主じゃないか・・・。
そんな茶坊主風情が、理想に向かって邁進し続けるカッコイイ男・士郎に毎朝飯を作ったりしてさあ、甲斐甲斐しく身の回りの世話なんかしちゃってさあ・・・。
これ以上はないくらいに尻尾を振り振り。夜になったら士郎にまたがって腰を振り振り、と来たもんだ。プレイヤーとしてはたまったもんじゃないよ・・・。
まったく、説明書や神(TYPE-MOON)の公認を得ているのをいいことに好き放題やりやがって。チヤホヤされやがって。桜が何程の者だってんだ・・・?
そりゃまあ、確かに見てくれはいいかもしれないよ。けどな、実際蓋を開けてみれば、中身のまるで伴わない木偶の坊じゃないか。こいつはセイバーほどに清らかな魂を持っているのか?凛のような、最後まで曲げない強さを示しているか?士郎のように、ただ一つの真理を信じ続ける根性があるのか?
否、あるはずが無い・・・。
間桐桜。奴にあるのは、ただ士郎に対する深い慕情、そして際限無き肉欲。その身に纏うは邪悪のオーラと悪女の色香で、頼みの綱はタコさんウインナ―のような姿をした『アンリマユ』といういかがわしい物体・・・。
つまり、負だ。奴はただ、負の感情と行動でしか自分を保てない弱い女。それでしか自分をアピール出来ない、鬱陶しい駄々ッ子でしかないんだよ・・・。
そんな、凛やセイバーに比して数段どころか数十段も魅力の劣る女が、『Fate』という名作の最後を飾る。そして物語は大団円だと高らかに言い切る・・・。
納得出来ると思うか?思うまい。勿論、俺も思わない。
『Fate』のメインは『フェイト』であり『アンリミテッドブレイドワークス』であり、メインヒロインはセイバー、そうじゃければ少なくとも凛でなくてはならない。間桐桜などただの小石、単なる脇役の一人でなくてはならないのだ。
そんな奴がヒロインという名を冠するだけで、ましてや紛いなりにも本編の一つを担うなど、それを考えただけでも俺はハラワタが煮えくりかえりそうだよ・・・。
そうだ、桜など所詮は小者。何一つ凛に及ばない。ましてセイバーと対峙するなど、それだけで女神に対する冒涜、最大級の不遜である。桜が彼女等に唯一勝っていることといったら、せいぜい胸がデカイということだけである・・・。
その程度の三下がセイバーや凛とタメを張るなど、出来の悪いジョーク以外の何者でもないのであった・・・。」





「だけどな、俺が真に問題にしているのはそこじゃない。
そんな、身体的優位性や仔犬のような『助けてオーラ』に任せて士郎を寝取ってしまうずる賢さとか、寝てるだけで漁夫の利を得る理不尽さとか、子供じみた我侭で世界を巻き込む狭量さとか、そんなのは二次的な不快感なんだ・・・。
それとは別に、何よりムカツクことが俺にはあったんだよ・・・。」





「 それはな・・・。
こんなショボいガキ一人のために物語がどこか狂ってしまったってこと。その煽りを受けるように、登場人物全てがどこかおかしくなってしまったってこと。歴戦の強者達が、光り輝いていた男達や女達が、桜一人に振り回されっぱなしという、そんな惨めな光景のことさ・・・。
桜の気合が足りないせいで、他の章では光りに光っていた各キャラの輝きが半減させられる。桜の拙さのせいで、TYPE-MOONの洗練されたテキストが、重厚極まるシナリオが、まるで別物のように思えてしまう。そして、その結果というべきか代償というべきか、延長線上にある『Fate』という伝奇活劇ノベルの高尚さまで貶められてしまったのだ。それを俺は一プレイヤーとして認識した。いや、認識せざるを得なかった・・・。
要するに、俺が何よりもムカついたこと。それは、そんな招かれざる脱力感を桜ルートで感じてしまったという事実に対してなのさ・・・。
絡むキャラや選択肢が違うから仕方ないってのは分かる。マルチシナリオが背負う業だってのは分かってる・・・。
けど、どうしても俺は納得出来ない。あれだけ熱くなれた『アンリミテッドブレイドワークス』までの俺が、『ヘブンズフィール』をプレイしている時には大いに気を抜いてしまったという事実が、それを促した桜ルートの存在がこの上なく許せないんだよ・・・。」





「そう。『ヘブンズフィール』は確かに何処かおかしい。間違いなく、何かがずれていたんだと思う・・・。
そこが何処か、それが何か、俺には完全には説明出来ないだろう。だけどプレイヤーとして感じた本能からの違和感が拭えないからには、俺はやはり『ヘブンズフィール』を否定するしかない。TYPE-MOONが何と言おうと、桜信者が何を囀ろうと、俺は奴を好きになれない。
それほどまでの嫌悪感が、極め付けに不自然な趣が確かにあったはずなのだから・・・。」





「そんな、『ヘブンズフィール』における不自然な部分。正直言って枚挙に暇が無いが、まずは・・・。
やはり、ついさっき述べた『桜のせいで皆がおかしくなってしまった』という奴だな・・・。
まあ、おかしくなったというのは妥当ではない。『キャラの魅力が半減した』と言い換えた方がしっくり来るだろうか・・・。
とにかく、他の二つではあれだけ光っていた奴等なのに、桜ルートではまるでどこぞの三流キャラを引っ張ってきたかのような凋落ぶりだったけど・・・。
その筆頭を飾るのは、まさしく主人公・衛宮士郎だ。彼の豹変ぶりは、目に付くどころか失望すら抱かせた。
お前等だってそう思ってる。俺はそう信じている・・・。」





「衛宮士郎。もはや助からない状況で、それでも助けて欲しいと願い、その本心を汲み取ってくれた切嗣という人間に助けられた男。その影響で正義の味方に憧れ、誰よりも気高い魂を抱いて頑張るニクい奴・・・。
彼は、内に秘めた目標をひと時も忘れることが無く、正義の味方を目指し続けるという誓いを十年以上も守り通した。その姿は我々にとって余りに非現実で、しかし、だからこそ瞼に焼き付いて離れなかったはずだ・・・。
そんなカッコイイ士郎は多分、人間の理想形態。全人類の幸せを追求し、それを具現化するために自分という存在を死ぬまで燃焼させるという、遥か高みにある人としての究極の姿だ・・・。
たとえ叶わぬ願いだと分かっていても、自分の範囲内で出来ることを持続するという点だけで、人間的に大きな魅力があった・・・。
そう。衛宮士郎の魅力とは他でも無い、その純粋な心意気。ただ真摯に向き合うその姿勢。つまり、決して折れない、決して錆びない鉄の意志こそが、彼の持つカリスマ性だったんだ・・・。
そのカリスマ性は、まさしく英雄の名に相応しい。そして人は英雄に無意識に憧れるように出来ている。士郎が英雄になれたのも、それを俺達が心の底で羨望してしまうのも、ごく自然な流れだったというわけだ・・・。
分かりやすく言えばこうなる。士郎が士郎たる所以は、その鉄の意志で、それを保ち続けることで彼という存在は成り立ち得るだろう、と。そして凡人が士郎に惹かれるのは、士郎が凡人と一線を画す最大の要因を、つまり英雄の気質を有し続ける期間内である、と。
だが、逆に言えばこうなる。士郎は、鉄の意志を曲げた時点で士郎じゃない、と。凡人は、士郎が英雄の資質を失った時点で愛想を尽かす、と・・・。
ここまで言ったらもう分かるだろ?
士郎はあろうことか負けたんだ、自分自身に。桜という小者によって、自分が自分たる所以、存在意義を覆してしまったのだよ・・・。」





「体は剣で出来ていた。
だけどその剣がポキっと折れた。
士郎は十数年間培って来た鉄の意志を、決して曲げなかった信念を・・・。
今までの自分を、捨ててしまったんだ・・・。」





「こうして士郎の転落が始まる。
彼は、俺が好きだった衛宮士郎という英雄候補は、まるでそこいらにいる凡人のように、止まることなく転げ落ちていく・・・。
凡人となった彼の望みは唯一つ、『桜を守る』こと。好きな女を守るという、誰にでも持ち得る願望が、これからの士郎を支えていくのだ・・・。
別にそれが悪いとは言わない。好きな存在を幸せにしたいという点で、士郎の本質は変わっていない。なぜならば、士郎は相変わらず一心に誰かの幸福を望んでるから。その対象が、ただ『より広範囲の誰か』から『間桐桜という個人』に置き換えられただけの話なのだから・・・。
結局のところ、愛という本質はいつだって唯一だ。ただ広いか狭いか、そして浅いか深いか、それだけの違いがあるだけだ。それを『違い』じゃなく『範囲』と言い換えればしっくり来る。愛という要素が解明出来ないのは、ただその広さと深さに様々なバリエーションがあるからだと。愛というヤツが無限だと解釈されるのは、その対象が多岐に渡りすぎているからだということが・・・。
よって、『ヘブンズフィール』の士郎は、『フェイト』や『アンリミテッドブレイドワークス』の彼と何ら変わらない。その魂が貶められることも無いだろう。
愛とは二者択一。何かを愛すれば、その代わりに何かを捨てなければならない。つまり、世の中は常に二つに一つでしかない。そんな当たり前の一つを形にしただけなのだから・・・。
『Fate』のテーマは多々あろうが、その一つとして、この『二者択一の必然性』という真理は間違いなく内包されているだろう。TYPE-MOONは多分、このテーマを何よりもユーザーに投げかけたかったに違いない。そんな真理、両天秤の不可能性を示す痛烈な選択肢が『Fate』にはそれこそ星のように散りばめられていた・・・。」





例えば『フェイト』。誇り高い人生を選んだ代わりに訪れた、最愛のセイバーとの別離。胸がはちきれんばかりに嘆いた俺だけど、そうするより道がなかった。そもそも、他の道は用意されていなかった・・・。
そして例えば、セイバーへの未練を少しでも補完しようと臨んだ凛ハッピーエンドにおける、セイバーの使い魔としての哀れな立場。現世に留まれたのは良いが、既に凛が士郎に唾を付けている。さらに、士郎も凛にぞっこん惚れ込み、『俺は、このパートナーと一生やっていくのだ』などとほざいている。そしてあろうことか、肝心のセイバーまでが、『私はシロウの生涯を見届けたい。ただし伴侶は凛でヨロシク』なんてことを仰る。まるで子供を見守る母親のような微笑で、自分はあくまで使い魔ですからという割り切りで・・・。
そんな『セイバー・士郎の女房となるエンド』という内なる欲望の芽を絶たれたユーザーは、恋敵では無くまるで妹を扱うような気軽さでセイバーの手を引く凛を画面の中に見たユーザーは、ただうなだれるしかない。凛に手を引かれアセアセしてるセイバーを見たユーザーは、『こんなのセイバーじゃない』と絶望するしかない・・・。
そして彼等は痛感する。都合のいい話なんて無いんだと・・・。思い知る。やはり『フェイト』のセイバーこそがセイバーなんだと・・・。
そんな二者択一の厳しさ、都合の良い展開はあってはならないという痛烈な戒めが『Fate』には腐るほど存在していた・・・。
そんなのは見たくない。そんなのは痛すぎる。それは自分ではどうにも出来ない感情で、別に否定するべきことでもないだろう。
だが、見たくないからこそ、痛すぎるからこそ心に染み込むのも確か。セイバーと現世でねんごろになれる術は皆無という事実に歯軋りしながらも、俺がセイバートゥルーエンドを最上級に位置させるのは、そんな二者択一の事実を清々しく受け止めた彼女と、そしてそんな彼女に未練を残しながらも歯を食いしばって耐えた士郎の姿があってこそ。唯一無二を誇り高く体現した彼等が織り成した『フェイト』あればこそ『Fate/stay night』は名作なのだと、俺は心から信じている・・・。
安易なエンディングなど提供しない、非難されようと妥協はしないTYPE-MOONのプロ根性が窺える瞬間だった。」





「しかし、それだけに『ヘブンズフィール』が見てられない。そこでの士郎の心変わりが余りにも浅ましく思えてしまうんだよ・・・。
確かに士郎は変わっちゃいないさ。桜を守るのも選択肢の一つだし、その選択によって士郎が得た新たな強さ、つまり彼の成長を描きたかったのも十分分かる・・・。
だけどな、俺はそんなもの要らなかったんだ。この唯一を追求する誇り高い物語に紛れた凡俗的な脇道など、今更要らなかったんだ・・・。
他のゲームならいい。だけど、こと『Fate』という物語においては、『世界よりも個人を選ぶ』という在り来たりなパターンを士郎になぞって欲しくなかった。英雄は英雄のままでいて欲しかった・・・。
彼は、その英雄たる気質を『フェイト』でも『アンリミテッドブレイドワークス』でも崩さないままで居たというのに、最後の『ヘブンズフィール』が完璧でなかったために全てがオジャンだ。それは一つの話としては悪くないが、他の二つが問答無用でちらついて離れない。その二つの物語の士郎の中には凡人では辿り付けない領域が、凡人が羨望してやまない輝きがあったというのに、『ヘブンズフィール』の士郎はそこらへんに転がる普通の兄ちゃんにしか見えなかったんだよ・・・。
何故ならば、士郎ひいては『Fate』に期待したのは、『理想』というキーワードだから。それだけで良かった・・・。
『体は鉄で出来ている』を地で行き続ける、歯が浮くほどの英雄譚。それを具現化出来る士郎という主人公だから、そして彼に負けず劣らず、同じ水準で立ち振る舞ったセイバーやアーチャーが居たからこそ、『Fate』というゲームが何よりも熱かった・・・。
だから、その熱を冷ますような凡人シナリオならば無い方がいい。そんな迎合はファンディスクあたりでやってくれ。俺は、心よりそう思うのであった・・・。」





「つまり、『ヘブンズフィール』の士郎はどこか浅い。そして薄っぺらい感じがするってこと・・・。
多分、『フェイト』と『アンリミテッドブレイドワークス』の彼が余りにカッコ良く、そして眩しかった反動だろう。その二つの物語によって衛宮士郎という人格が完全に固定化されてしまったから、それ以外の彼なんて彼じゃないと思ってしまったんだろう・・・。
そう。俺の中で、その人格は絶対的な不動性を持つ。他のプレイヤーでもそう感じたヤツは多いんじゃないか?
何故ならば、『フェイト』や『アンリミテッドブレイドワークス』の中での士郎ような主人公ぶりは、そうそう見られるものじゃないからだ。対して『ヘブンズフィール』の士郎のような存在は、別に他のエロゲーで腐るほど見られるからだ・・・。
つまり、彼は稀有の存在である。稀有ゆえに羨望の対象となり易く、心に残り易い。そして、突出というステータスを誰しも心で望んでいるから、それを持つ人物に無意識に憧れる。だからこそその稀有性が失われた時、見る者の興味も失せて当然だと俺は考え、そしてお前等もきっと本心では考えていた・・・。
故に、士郎が暗黒セイバーに対して放った『俺は桜を守るために、お前を排除するぞ』という威勢のいいタンカが、ただの余裕の無い三文ゼリフに聞こえた。そう言ってセイバーに対峙した彼が、そこいらに要る思春期のガキに見えてしまった・・・。
そうだろ?少なくとも俺は、『ヘブンズフィール』の士郎が一番心に残ったなどとは言わない。そう宣うプレイヤーは、『Fate』において最少数だと信じて疑わないぜ・・・。
セイバールートの士郎なら、決してそんなチャチな台詞は言わないだろう。凛ルートの彼なら、もっと格好良く潔く振舞うだろうと、誰もが既に知っている・・・。
まあ士郎はセイバーに対しても『俺はセイバーが何よりも欲しいんだ』と子供のような台詞を言っていたが、それは桜に対するものとは意味合いがまるで違う。その言葉に秘められた重さ、もたらされた結果、その果てに失ったもの、得られた成長の証等々、何もかもが違うんだ・・・。
端的に言えば、セイバールートと凛ルートのエピローグを見た時、俺は士郎に大物の器を感じ、大成の予感を抱いたってこと。彼の未来に無限の広がりを見て取れたってことなんだ・・・。
だけど、桜ルートの士郎には狭まった道しか感じられなかった。俺が彼の背中に見出せたのは、ただ丸く収まっただけの展望無き未来でしか無かったんだよ・・・。
つまり、限界を感じたという意味。身も蓋もない言い方をすれば『ロマンが無い』ってことだろうな・・・。
そう。確かに『ヘブンズフィール』にはロマンがない。かなり破天荒な顛末を見せてくれるが、それでもロマンを感じないと言い切れた・・・。
何故なら、美しさや憧れといった届き難いものに対し、それでも純粋に届こうとするのが『Fate』の持つ、他には滅多に見られない魅力。その道程を不器用に、だけど惚れ惚れするほど愚直に描くのが今回のTYPE-MOONの責務だと信じていたからだ。それが桜ルートで全て台無しになったからだよ。もう違和感という次元の話では済まされない、ロマンの欠片もない展開がそこにあった・・・。
そして、その結果として最後に姿を現した、『士郎と愉快な仲間達』的エンド。恐らくは一番真っ当な幸せかもしれない、だけど望んだ理想からは多分一番遠いこのエンディングを擁する『ヘブンズフィール』だからこそ、俺はこれからも好きになれない。ケツの穴の小さく見えるグランドフィナーレを、俺はいつまでもおまけシナリオとして位置付ける。そんな流れであった・・・。
要するに、『ヘブンズフィール』での士郎の立ち回りには、何となく魂が込もっていなかったということだ。その立ち回りが空回りに見えたということだ。どこか借り物のような、そんな興醒めな部分がかなり見受けられていた。
だから、俺としてはこう述べるしかなかった・・・。
セイバーシナリオとアーチャーシナリオにおめでとう。そんなカッコ良すぎる彼等に乾杯。
まったく幸あれだぜ、とな・・・。
そして・・・。」





「生き残った桜とライダーに一応はおめでとう。故郷に錦を飾ったは良いが、有終の美を飾れなかった凛は完敗。
まったくやれやれだぜ、とな・・・。」





「くそ、自分でも訳が分からなくなってきたぜ・・・。
だけど、やるせないこの俺の気持ち、少しは分かってくれたか?俺の電波は届いたか・・・?
どうか届いて欲しい。文句は沢山あるけれど、俺が言いたいのは3つしかないということを・・・。
一つ。俺にとって『Fate』は英雄譚で、故に俗を超越した物語である。
二つ。俺が『Fate』に求めたのは理想とロマンで、故にそれを体現するキャラが最優先である。
三つ。『ヘブンズフィール』は、それら全てから外れており、故にオマケシナリオである。
この3つを拠り所にして、俺は『Fate』を語っているのだということを・・・。」





「そう思わなければやってられない。『ヘブンズフィール』にはありえないことが多すぎる・・・。
そう。邪道を極めた桜ルートは、その名に相応しく、驚愕の連続だったのだ・・・。」





「まず、主要キャラの扱いの酷さ・・・。
まあ士郎については散々言ったから今更だ。だが再度確認するならば、やはりその言動にはどこか不自然な趣があり、無理をしているように感じられた。自分で喋っているというより、喋らされている印象が強かったな・・・。
自分の目で見て、自分の足でしっかりと立つ。そんなオーラを心身共にみなぎらせているのが士郎の格好良さなのに、『ヘブンズフィール』の彼は、何故かそのオーラ力に欠けていたと感じて止まなかった・・・。
基本的には『フェイト』『アンリミテッドブレイドワークス』に負けず劣らない勇者ぶりを見せたはずなのに、どうしてこうなるのか・・・。」





「その原因が結局は桜に起因するということは、もう誰もが気付いているだろう・・・。
士郎が今までの自分を、絶対無二の真実を覆したという最も興醒めな選択もさることながら、その全てを捨ててまで選んだ対象がノミのようにちっぽけな『間桐桜』と来た。これで落胆しないわけがない。どこか嘘っぱちに感じても仕方がないよな・・・。
そうさ。つまり士郎と桜ではどう足掻いても釣り合わないってこと・・・。桜も自分で言ってたじゃないか。「眩しすぎる先輩に私は似合わない」と・・・。
その通り。いくら士郎が「ただ側に居て欲しいだけなんだ」と強弁したところで、浮かんで来るのが冴えない桜の顔じゃあユーザーは奮い立たない。いくらTYPE-MOONが、綿密で冗長なテキスト群や数多くの桜CGを駆使して『この哀れな娘を見てください』としつこく説明したところで、ユーザーの怒声が収まるはずもない・・・。
とにかく桜じゃダメなんだ、その部分は。いくら頑張っても、桜というパーツじゃあ決して埋められない空隙があるんだよ・・・。
その空隙を埋める資格のある超越者達が、競ってそれを奪い合う。それこそが『Fate』の『Fate』たる所以なのだから、その資格がない桜がいくら囀ったところで無駄以外の何物でも無いのさ。適材適所という言葉は決して軽くはないのさ・・・。
そう。結局、桜には背景が欠けている。重みが欠けている。その背景や重みとは、外部の人間が説明するものじゃなくて、内から自然と沸きあがってくるものだ。そして桜は、そんな内から湧き上がる衝動に欠けていたのだ。それをメインヒロインと位置付け物語を強行する時点で、『ヘブンズフィール』は終わっていた・・・。
だから、同じように士郎も霞む。桜を選んだ時点で自らのランクが落ちてしまう。
これはもう、変えられない事実だった・・・。」





「そして、肝心の士郎がそんなことだから、彼以外の主要キャラも極めつけに粋じゃない・・・。
その最たるものは言うまでもない。『Fate』中、最も特大の人気と魅力を持つセイバーの処遇だろう・・・。
エロゲ史上、最もアンチが少ないと言われる稀有のヒロイン・セイバー。気高過ぎる魂と、たまに見せる少女の夢を絶妙なるスパイスで絡ませユーザーに迫る様はまさしく女神のそれで、それを侵す者など何一つとして無いと誰もが思っていたんだ・・・。
だけどそんな彼女を、『ヘブンズフィール』ではまるでそこいらに転がる根性無しキャラの如く扱った。早々なる敗北を与えただけでなく、悪党の手足となって働かせるという最大限の屈辱シナリオを展開させた。あまつさえ、最期は士郎にトドメを刺させるという性質の悪すぎるトラウマを我々に植え付けたのだ。『俺はお前より桜を選ぶ』などというあってはならない展開を、イリヤや切嗣の非情さが霞んで消えるほどの悪い夢を、我々に見せつけてくれたのだ・・・。
つまり、『フェイト』、『アンリミテッドブレイドワークス』で守り続けた彼女の尊厳を、『ヘブンズフィール』は容易く覆してしまった。士郎の求愛すら跳ね除けたセイバーの気高すぎるプライドを、全て遠き理想郷に唯一踏み入ることが出来る彼女の魂を汚してしまった。
そう。TYPE-MOONは、セイバーがセイバーたる所以、その一線を超えてしまったんだよ・・・。
許せない、認められない。俺はセイバーに一瞬でもそんな処遇を与えた『ヘブンズフィール』および、『これもまた一つの物語』だと開き直るTYPE-MOONに対し、止め処も無い吐き気をもよおして仕方ない・・・。
彼女は別だ。別でなければならない。それは何処に居ようと、何があろうと変わってはいけない大前提ではなかったか?それが、余計な不純物を入れ過ぎて収拾のつかなくなった有象無象のエロゲーの海の中、『それでもFateだけは違うんだ』とユーザーに言わしめるために最も必要な、欠けてはならない要素ではなかったのか?
とにかく、俺はそんなセイバーは見たくない。当然、そんな有り得ない彼女が登場する『ヘブンズフィール』も金輪際見たくはなかった・・・。






「そんな感じで、核の中の核である士郎とセイバーが落ちぶれてしまったのだから、後はもうなし崩しだ・・・。
その先兵として、まずは『噛めば噛むほど味が出る』代名詞たるランサーが早々に退場。
アーチャーに次ぐイイ男と言われた彼だけに、アンリマユの引き立て役第一号に選ばれた時にはさぞかし無念だったろうな・・・。」





「そして、名脇役『孤高のアサシン』こと『佐々木小次郎』も、ランサーと呼応するように素早く消える。あまつさえ、どこぞの露店で売ってそうな安っぽい仮面を被っただけの醜男『ハサン』ごときに取って代わられるのだ・・・。
『小次郎にだったらセイバーがなびいても許せるかな?』なんて独りサイドストーリーを妄想してた俺だけに、この小次郎に対する扱いも相当屈辱だ。
アサシンといえば佐々木小次郎。それ以外にあってはならないというのに・・・。





「そして、サーヴァント中最強であるバーサーカーの滅亡もまた拍子抜け・・・。
グウォー!と威勢良く叫んだはいいが、結局いいところ無し。イリヤを守ることも出来ず、ゴッドハンドを使用するも暗黒セイバーの似非エクスカリバーに軽くいなされ、命のストックは易々と飲み込まれ・・・。
グハァー!と最期の断末魔を上げながら、彼は塵と化してしまったのだ。
そして名実共に与えられたのだ。
『ウドの大木』という不名誉極まりない代名詞を・・・。」





「だけどその中でも群を抜いてクズだったのは、何と言っても英雄王、ギルガメ!この金髪の小僧のあっけない終わり方である・・・!!
元々大嫌いなヤツだけど、俺はこの時ばかりは本心から期待していた。セイバーに『肢体を捧げよ、たっぷり注ぎ込んでやるぞ』などと暴言を吐く畏れ多いヤツだけど、武器の貯蔵が十分じゃなかった詰めの甘い英雄王だけど、そんなヤツでも俺は期待していたんだ。いや、期待せざるを得なかったんだ!
桜をきっちり殺してくれる男は、もうお前以外に居なかったんだからさぁっ・・・!!
それなのに何だ?あれだけセイバーを事も無げに粉砕し、バーサーカーの猪突猛進にも冷静に対処出来た男が、桜などという小娘に負けるのか?聖杯の毒に当てられながらも正気を保てた尊大なる英雄王が、ちっぽけな庶民に屈するというのか・・・?
笑わせるぜ!英雄王が聞いて呆れるぜ!そんなことだからセイバーにフラれるんだ!そんなことだから、お前のファンクラブはいつまで経っても結成されないんだよっ!
分かってんのかよ!?お前は最後の希望!セイバー、士郎、アーチャー、バーサーカーがあまりにも頼りない『ヘブンズフィール』の中において、俺達『Fate』ファンの最後の拠り所はお前のその唯我独尊ぶりだったんだぜ?お前の宝具『ゲートオブバビロン』が最後の希望だったんだぜ!?
それなのにあっさりと飲み込まれやがって・・・。
桜を仕留めるどころか、さらに強化してどうする!お前はどこまでバカなら気が済むんだ・・・!?
いいから・・・もう現れなくていいから・・・。
逝けよ英雄王!お前の役立たずぶりは十分だ!」





「そして、そんな支離滅裂な『ヘブンズフィール』だからもう十分。桜の顔などもう見たくも無かった・・・。
だというのに、コイツの破竹の勢いは止まらない。サーヴァントを悉く撃破し、黒幕・贓硯もプチっと潰し、傍らで士郎の身体を舐め回し、そして『でも私は悪くないわ』と声を上げて笑うのだ・・・。
アーチャーも結構最後まで頑張ったんだが、結局士郎に左腕を残してさっさと消えてしまうしさ。どうせなら、桜の腕一本くらい道連れにして旅立って欲しかったな・・・。
『俺はアンリマユのような輩を知っているぜ』とか思わせぶりの台詞を吐いて期待させておいて、結局はあっさりとやられちまうんだもんな・・・。
いくら何でもそりゃないでしょ、大将・・・。」





「要するに、揃いも揃って弱々だったということ。結局、その中で唯一輝いたのは凛だけだったんだろうな・・・。
そう。『フェイト』でセイバーに押され、『アンリミテッドブレイドワークス』でアーチャーに主役の座を奪われた彼女は、『ヘブンズフィール』でようやく陽の目を見るに至った。宝石剣『ゼルレッチ』を振りかざし全てを圧倒する彼女は、まさしく魔法使いのようだった。
何かに到達した、そんな勇姿が凛にはあったんだ・・・。
多分ね、俺はこれこそがTYPE-MOONのもう一つの思惑だったんだと思う。『Fate』の本当の主役は士郎でもセイバーでも、ましてや桜などではなく、この遠坂凛なんだって、そう言いたかったんだと思う・・・。
確かに、セイバーやアーチャーはまさしく神の領域だ。
だけど彼らは人では無い。人の物語で、人でないモノの主眼を貫き通すことはタブーなんだ。最後は人に収束するように働きかけるのが正道なんだ。それはいかなTYPE-MOONだろうと、作る者が人間だからには、その法則が覆ることはないだろう・・・。
セイバーという正の極み、そしてアーチャーという負の極地からの干渉。その両者の狭間に生きる、衛宮士郎というニュートラル。だけど士郎もまた『固有結界』という突然変異を秘める特別な存在だから、人間というカテゴリから外れざるを得なかった。士郎もまた外道であると・・・。
そうして気が付けば、外れない人間は唯一人、遠坂凛しかいなかった。類稀なる才能を持っていながらも、神の領域には至れない、まさしく『神としては半端者』な彼女。だけど人間のままで『極』に至れる女でもあるのだから・・・。
つまり、偉人だ。英雄でも聖人でも魔人でも無い、一人の偉人。遠坂凛だけに許された、たった一つの到達点がここに凛として輝いていた・・・。
その少女が、セイバーその他の超越者に触れながら、人間としての究極・魔法の領域に一瞬だけ到達する。そしてそこから先、溢れる才能と多大なる財力と少々の時間を浪費して偉人へと成長する。月姫の『青崎蒼子』先生も真っ青の大魔法使いにいずれなる・・・。
そんな過程を見据えた上で、凛が主役に置かれた。その布石の一つとして、最後の『ヘブンズフィール』は存在していたのだよ・・・。
それならば、筆頭となれないまでも全てのシナリオに絡んだという、中途半端かつ異様な扱いにも賛同出来る。セイバーシナリオで最後に士郎の隣に居たのも、一度も死ななかった異例の扱いも、『Fate』のプロローグや桜トゥルーエンドのエピローグで最優先されたのも、全てのことが納得出来る。
つまり、『ヘブンズフィール』ひいては『Fate』の主役とは、他でも無い遠坂凛だと言いたかったんだ。Zガンダムの主役はカミーユじゃなくクワトロ大尉だという裏設定と同じ事なんだ。そこから行けば、士郎やセイバーも、ましてや桜の存在など、凛を彩るいっときのユメでしかなかった・・・。
士郎は何であれ、正義の味方を極めるだろう。そして凛は、世界で6人目の魔法使いに遠からずなるだろう。そんな、将来的には同じレベルに到達する二人。だけど二人の道はまるで違っていて・・・。
セイバーとアーチャーの対比。干将・莫耶の夫婦剣。つまり、陰と陽の関係・・・。その関係に士郎と凛も、もろ当て嵌まる。性格はどちらも前向きだけど、進む方向もやり方もまるで違うのだから・・・。
言うなれば表舞台が凛で、士郎は裏方。そして輝けるのは、多分凛の方だけだ。その凛をバックアップする一つの物語として『Fate/stay night』があるわけである・・・。
そう。TYPE-MOONは、規格外の裏方を表に出さない。
青崎先生が登場すればあっさり物語が解決してしまうからと路傍の小石のような存在感を与える『月姫』のように。その代わりといっては何だけどと言わんばかりに、遠野志貴という未熟者に物語を押し付けるように・・・。
その骨子とは、主人公という役柄を常に一歩劣る存在に担わせるということだ。遠坂凛は、ミクストマッチでは最強でないけど、スポットに照らされたリング上では最強になれるという、まさしく女版・遠野志貴のような存在だったのだ。
性格はまるで違うけど、彼女もまた名実共にTYPE-MOONの定義にバッチリ沿った、理想的主人公の一人だったのだよ・・・。」





「だけどまあ、それはまた別の話。別の物語だ・・・。
『ヘブンズフィール』において如何に凛が華々しかろうと、あくまでヒロインは桜だと宣っているのが『Fate』なのだ。
そんな『ヘブンズフィール』だから、やはりオマケであると、俺は臆面もなくそう言うのさ・・・。
その理由は、今まで長々と述べたきたが・・・。
何にしても、最終的には桜のパンチ力の弱さという結論に必ず至ってしまうだろう・・・。
そう。全ては間桐桜という脆弱なヒロイン性から始まった。そして、その彼女に付和雷同して男を下げた士郎が、安っぽくなってしまったサーヴァント達が、物語の足を次々と引っ張る。それが『テーマ性の薄弱さ』や『ありきたりな俗っぽさ』という印象に昇華し、破滅的なトラウマをユーザーに植え付ける・・・。
だから『ヘブンズフィール』の株は底なしに暴落し続け、ユーザーはそれを忘れたいから『フェイト』や『アンリミテッドブレイドワークス』に次々と逃げ込んで・・・。」





「気が付けば、右も左もセイバーファン。
振り向けば、アーチャー×凛の同人誌を切望する声の嵐、嵐、嵐・・・。
そして、その喝采とマンセーの声の中、目を凝らしてようやく気付けた希薄な存在。ただポツネンと立ちすくみ、孤立無援の姿勢で士郎を見つめる影が一つ・・・。
間桐桜という少女がそこに居た。間桐慎二と人気の最下位争いを繰り広げる、公称・メインヒロインの無残な姿がそこにあった・・・。」





「その姿は哀れ。ただただ哀れである・・・。
士郎に純粋すぎる好き好きビームを発射しながらも、世間からは『彼を堕落させた悪女』と罵られる。アンリマユという最強の装備を従えながらも、一人間である凛に最後まで苛められる・・・。
あまつさえ、その凛にヒロインの座まで持っていかれてしったという徹底ぶり。唯一好き放題出来た『ヘブンズフィール』という物語ですら、姉さんにいいとこ取りをされてしまったという、まさに究極の敗北者・・・。
これが桜だ。紛うこと無き、間桐桜の実態なんだ。
これを哀れと言わずして何と言う・・・?」





「更に、それに追い討ちをかけるように訪れた破天荒なエピローグがまた涙を誘うじゃないか・・・。
何もかも無くした桜だけど、最も大切な衛宮士郎という存在は手に入れただろう、確かに。だけどそれは、士郎とは名ばかりの木偶人形だ。決して望んだ理想じゃないよな・・・。
しかもその傍らには、『いつでも士郎を寝取れます、マスター』と言わんばかりの勢いで、毎日その美貌に磨きをかけるサーヴァント・ライダーが控えている。さらに、そんな狼狽した桜を鞭打つかのごとく、ロンドンから帰省した凛が妖しい色目を士郎に放ち続けている・・・。
そう。物語が終わっても、桜は多くの爆弾を抱えたままの状態。あの満開の桜道を歩く4人の姿は、これから起こるであろう血みどろの愛憎劇へのプロローグ・・・。
何も知らない桜は華を持たされていい気になっているようだが、そんなものすぐに吹き飛ぶだろう。そんな情け容赦無い展開でユーザーを翻弄させ、それに至上の喜びを感じるのがTYPE-MOONの十八番なのだから・・・。」





「要するに、まだまだ先は読めないってこと。
桜が満開、桜の笑顔もすこぶる満面。だけどそれで安心してるようじゃ、所詮桜もそこまでのキャラだ。使い回しの出来ない、使い捨てのキャラに過ぎないってことなのさ・・・。
まあ別に俺が呪いを送らずとも、遠からずそうなる。TYPE-MOONがどう画策しようと、セイバー信者と魔法少女・凛のオーラに桜は必ず押し潰されるに違いない。
その波に逆らうのは絶対に出来ない。そう俺は断言しよう。そしてその断言は、令呪よりも強力で確かなものだと言い切ろうじゃあないか・・・。
もしそれが覆るようなことがあったら、その時は遠慮することは無い。俺を煮るなり焼くなり好きにすればいいさ。
そう。桜が一番人気などと、そんなことは神にすら実現出来ない奇跡だった・・・。」





「そう考えれば、少しは哀れみも生じようというもの。ムカつく桜への憎悪も、多少は軽減するというものだ・・・。
だからここは俺も大人になって退いておくさ。これもまた『Fate』の一つの可能性と割り切っておくさ・・・。
まああくまでそれは表面上だけで、根っこの部分では『ヘブンズフィール』なぞゴミ虫だと思ってるけどな・・・。」





「とにかく、間桐桜よ。極限までに人気の無い、虐げられし女よ・・・。
『ヘブンズフィール』の占有権だけは譲ってやるから、せいぜいいっときのユメを見るがいい。そしてその後は、潔く退場するがいい・・・。
お前の後ろには凛とライダーという美女二人が、頼りないお前の寝首を掻こうと負のオーラを放っている!
お前がいつボロを出すのかと楽しみにしながら、万全の態勢で待ち受けているぞ!
悪魔のような微笑みをちらつかせながらなっ・・・!!」





「そんな、冷や冷やモノの最終節。賛否両論の『ヘブンズフィール』・・・。
悉く株を下げたのは、士郎やアーチャーを始めとする男達で、逆に上昇したのはセイバー以外の女達・・・。
その上昇気風の中、最後まで常勝を貫いた遠坂凛が、結局は『Fate』の真ヒロインだった。一番人気のセイバーは、あくまで一時のユメだった・・・。
だが君よ、嘆くなかれ。凛が常勝を貫いたのなら、アルトリアは最後までその気高い誓いを貫いたじゃないか。その美しさに敵う存在など、一つとして無いじゃないか・・。
その美しさに対する憧憬を胸に秘めて進める自分が居るのなら、やはり君にとってのヒロインはセイバーしか居ない。揺るがない心を与えることも、汚れない愛情を感じられるのも、彼女以外には出来ないことなのだから・・・。
だからそれでいい。『Fate』のヒロインが凛ならば、セイバーは心のヒロイン。凛が士郎にとって恋人ならば、セイバーは士郎にとって唯一無二のパートナーである。
つまり聖域、サンクチュアリなのである・・・。
衛宮士郎が辿り付いた唯一の確かな答えは『固有結界』。だけど、それと共に心に在り続けるもう一つの真実があった・・・。
それがセイバーという魂。それが『Fate/stay night』の究極の意義・・・。
だから、さあ!セイバーをこれからも愛して行こうじゃないか、みんな!!」





「そして、そこから見れば、桜などは些細な存在。『ヘブンズフィール』など弱々極まりないショートストーリー・・。
だから、さあ!許してやろうじゃないか、この最終節を!
見過ごしてやろうじゃないか、桜を、寛容な心で!!」





「それならば、『間桐桜』も真っ当に見れるっ!」







「それならば、グランドエンド『春に帰る』も見るに耐えるっ・・・!」