【故事成語】
鶏口牛後(けいこうぎゅうご)




中国の歴史書「十八史略」に曰く・・・

「寧為鶏口、無為牛後」
寧ろ鶏口と為るとも牛後と為る無かれ・・・

鶏口とは鶏の頭、牛後とは牛の尻尾を指す。
つまり、牛の集団の後ろに付いて行くよりは、鶏の集団の頭になれと言っているのだが・・・。

牛は強者。だけどそれは自分が強者なわけではなく、自分はただ強者のおこぼれにあずかっているだけ。自然と向上心も成長率も低くなるだろう。
それならば、いっそのこと弱者つまり鶏の集団の中でトップを目指してみないか?
ぶら下がるだけの自分よりはよっぽど苦労するだろうし、何よりその方が自分の存在感を主張出来るでは無いか、と・・・。

現在では「大企業に仕えて規制とストレスと安寧の中に生きるより、自分で起業してその社長になれ」という意味で良く使われる、らしい・・・。

ただ、人にはそれぞれの適正があり、資格があるのは確かである。
だから場合によっては牛口を目指せる者も居るかもしれない・・・。

だけど世の中は広く、決して届かぬ道もある。
それらを踏まえているからこそ人は・・・

あるいは挑戦し、あるいは従属するのであろうか?

「鶏口牛後」の示唆する意味は果てしなく広がっている・・。












<鶏口で満足すべきだった男達>
@竹海直人
A羽山悟







羽山悟
【鶏口】 シュートボクシング日本チャンプ。最強格闘技者・陸奥九十九と再戦予定。
【牛後】 アメリカヘビー級ボクシングに挑戦。前座で敗退。





















アメリカボクシングの前座でやられるくらいなら、

日本に戻ってシュートボクシングチャンプであり続けるべし・・・。



鶏口となるも、

牛後となるなかれ・・・。













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