ススキノハラの約束(クルマレテル) 
水準はともかく話のまとまりと萌えキャラが光る〜

 

あらすじ?展開?
誰しも心の奥底には忘れられない風景があるもの。
並木学園に通う鈴原涼の場合、それは母親との遠い思い出だった。
幼い頃に母を亡くした涼は、昔母親と見た一面に広がるススキノハラの風景を大切な記憶として今を平凡に生きているのであった。

ある日涼は夢を見た。
そこには自分に瓜二つの人間がいて、自分の知っている人たちと瓜二つの人間がいて、様々な恋物語を奏でている。
しかし夢から醒めた時、彼の日常はいつもどおり。毎日がその繰り返し。

それでも母の命日が近づくにつれて彩りを増していく夢と現実両方の物語。彼はいつしか大切な人を見つけ夢中になっていたのである。
そして彼の見る夢と現実の生活に意外な繋がりを見出した彼は自らの手で結末を導き出す。
あのなつかしいススキノハラの風景を胸に抱いて・・・。


 
感想?批評? 
                      


そうだな・・・。

私は日々の糧を得るためにあくせくもがくサラリーマン。常に自分のことで頭がいっぱいだ。
今日も疲れた体を癒すために帰途へつくのだが、その途中に足元で「にゃー」と鳴き声がした。
で、よく見ればそこには子猫がいたわけで、私にエサを求めてくるのだ。
私はそんなことをしているヒマはないのだけれど、何故か気まぐれでコンビニに立ち寄ってネコ缶を購入するのだった。ついでに自分の弁当も購入。
それでネコにエサを分け与えて数分ほどその場に立ちつくす。まあ、何の苦労も無い動物。気楽なもんだ・・・・。
とか思っているうちに私も腹が減って来た。そろそろ家に帰らなければなるまい。
「、というわけでさよならネコ。」
たまに訪れるそんな出来事。ネコ缶に費やした費用は350円。私の晩飯は480円。無駄遣いしたかもしれないけど、まあたまにはこんな道草も悪くなかろう・・・・。
次の日私は何事も無かったかのように通勤電車に乗り込む。
満員電車の中ふと思う。
「あのネコ元気かな・・・。」

、とまあこんな感じだろうか?


要は、数あるゲーム人生の中で、
可もなく不可もなく何気に通り過ぎていった一つの路傍の石
「ススキノハラの約束」はそんなゲームであると言えようか。

シナリオ、平均点。
特に目立った箇所は見られない。
夢と現実を織り交ぜたストーリーは結構よくある話なので驚くことも特に無い。逆にそれを用いて衝撃作にまで昇華させようと目論むならば、相当なセンスと技術が必要になるはずだ。だからこの結果は当然と言えば当然なのかもしれない。目を見張るほどのステキシナリオを綴ることが出来るライターなど希有の存在だから、せいぜい
「よくある話だぜ」とか言われるのがオチだろう。
もう少し修練を積んでね>はあと(?)
まあそれでも各ストーリーは長すぎることもなく大変
コンパクトにまとめられているので結構評価できるところではある。ただ、あまりにもエッセンスを集約させ過ぎたという感も無くはない。名雪風に言えば「端折りすぎ」と言ったところだろうか。故にヒロイン達に感情移入する間もなくエンディングに突入なんてこともしばしば。残念だ・・・。
だから総じて言えば「可もなく不可もなく」という結論に収まるのであった。
惜しいと言えば惜しいのであるよ・・・。

そして
シナリオに余韻を持たせないということは、それを飾る他の要素を評価する余裕さえも絶たれる危惧さえ抱くのである。
そこにあるグラフィックやサウンドに思いを馳せるという行為を忘れがちになるのは決してプレイヤーだけの責任ではないが・・・。
まあ一応ススキノハラはそんな心配と無縁に近かった。
音楽は覚えている限りではそれほど種類が多いようには思えないから嫌でも耳に入ってきた。単調に思えて結構聴ける音ではないかと記憶している。とくにHシーンの音楽などは胸を打つに足るクオリティではなかったか、と感じる次第。敢えて曲数を絞ったと言うのならばその策略に乾杯したいところだが、存外出来の良い音楽に少々ススキノハラを見直したことを明記しておこう・・・。

絵は、まあ好き嫌いがありそうな感じだ。繊細な気がしなくもないが、どこかバランスが悪い気もする。まあ何とも言えない。とりあえず私的にはあまり萌えない絵とだけ言っておこう。

さて、先ほどススキノハラは特にプレイする必要もない路傍の石のようなゲームだとこの口は言っていたが、それは偽りではない。
しかし
全体を語ることなくいきなり否定するのも公正ではないのでここでひとつフォローを入れておきたいと思う。
つまり、このゲームは後になればなるほど面白さが増していく、いわゆる後期成長型であるというフォローを、である。
まあヒロインごとに物語りは完結するのだが、人数を重ねていくごとにより全体が理解出来るというパターンは賛否両論なりに見所がある。このパターンは
センスオフなどにも用いられたが、これがツボにはまった時には恐るべき効果を発揮するのは今更言うまでもない。
ススキノハラもどちらかと言うとそれに当てはまるだろう。少しずつ各シナリオのつながりが見えてきて、コンプリートした時には「ああ、なるほど・・・」、と少々感心してしまうかもしれない。勿論レベル的には痕やセンスオフには遠く及ぶものではないが、よくまとめられているという点ではあながち馬鹿に出来るものではないからそのあたりに活路を開くのが、ススキノハラをつまらないゲームから脱却させるための要素として妥当な線だろう。
だからやるならばくれぐれも
途中で投げ出さないように。正当な評価が出来なくなるだろうから・・・。

さあ、ここまで聞いてこの話に乗るか否か?
とりあえず両手を組んで顎をのっけながらひとこと言っておく。
「乗るなら早くしろ。そうでなければ帰れ・・・」

まあそれでも食指をそそられないというのならばムリは言うまい。だがもう一つだけ救いの道を指し示そう。
それは、
萌えキャラが一人いるということ。
そのキャラは物語の中ほとんど登場しない。ホントに最後の最後にちょこっと出番があるのみだ。
まさに煌きは一瞬。
しかし・・・。
その
一瞬の煌きが全てを覆すこともある。
たった一人の萌えキャラがクソゲーを救うときもある。
私は数分間登場するコイツに
激!!萌えた。


          
コイツ
           



まあ、ただそれだけなんだけど・・・。

要するに、どんなゲームも最後まで侮れないのだ。
とりあえず泥沼に光る宝石(コイツ)を見つけ出しただけでも価値はあったと思うので、それだけでプレイした意義があると満足した次第である。


後は各々冷静に判断してススキノハラをプレイするかどうか決めて欲しい。
とりあえずこのネコ娘を見たときだけは私は冷静ではなかったと告白しておこう。

いろいろ辛辣なことを言っているようだがクソゲーと言っているわけではない。水準はキチンと保っているから誤解のないようにして欲しい。
とってつけたようだが個人的には悪くないと思ったのである。




オマケ:ススキノハラのうた
「投げ出すなアムロ(えっ?)」

(原型は「永遠にアムロ」だよもんです)


覚えているかい〜、萌えキャラを見たことを〜ぉ〜、
冷めやらぬ〜興奮の〜中で目醒めた〜朝を〜、
アムロ〜
投げ出すな〜アムロ〜
男は萌えキャラを〜
捜す者〜、捜す者〜
ただ明日へと〜、
明日へと〜
えいえ〜んに〜ぃ〜
ハ〜



萌えキャラバンザイ・・・・







さわたり