あ り ふ れ た 記 念 日
「え、不破くん、大晦日が誕生日なんだ?」
ひどく大仰に驚いた様子で将が尋ねる。そんな驚くようなことを言っただろうか、と思いながら大地は頷いた。
「そうだ」
「知らなかった」
「そうだろうな。言った覚えがない」
言った覚えがないのだから、将も聞いた覚えがなくて当然だろう。
「じゃぁ、もうすぐだね。そっか、じゃぁ今はぼくの方が年上なんだ」
言って、将が笑う。すでに年末は目前だ。確かに、将の言うとおり誕生日までもうすぐだった。今、こうして将と話すまで、そんな単純な事実を思い出しもしなかったが。
「風祭の誕生日は五月十日だったか」
「うん。不破くん、良く覚えてるね」
「誰かが言っていた」
今日は誰かの誕生日だ、という話題になれば、あいつは何月だ、こいつは何月だ、という話題になる。それをなんとなく記憶していただけのことだった。
他の人物ならば思い出すまでに多少の時間を要すかもしれないが、相手が将となれば話は別だ。――――早い話、将は大地にとって、『特別』だった。他の人間とは何かが大地の中で違う。
「何か欲しいものとかってある? あんまり高いものとかは無理だと思うけど」
「なぜそんなことを聞く?」
誕生日の話から、なぜ所望品に話が移るのだろう、と不思議に思って尋ねる。ただし、将は大地にとって不思議という不思議が詰まった存在でもあった。理解できないことが多すぎる。
「誕生日プレゼント、何渡して良いかわからないから」
「……それは風祭が俺に誕生日を祝って何かをくれる、ということか?」
「うん。勿論」
それ以外何があるのか、とでも将は言いたげだ。だが、大地には、というか不破家にはそんな習慣はなかった。
だいたい、誕生日はどちらかというと自分が祝われるよりも、自分を作り出し、生み出した相手、つまりは両親に感謝すべき日なのではないだろうか。だというのに、将が大地にものをくれる、というのはいささか奇妙ではなかろうか。
以上のことを将に告げると、将は目を丸くして大地を見た。彼と一緒にいると、良く見られる表情だ。非常に驚いたとき、彼はこの表情を浮かべる。
「ええと。うん。……不破くんの言うことも、正しいと思うよ。自分が生まれてきたのは、お父さんとお母さんがいてくれたからだもんね。ぼくもすごく、感謝してる」
言って、将は一度言葉を切った。どうやら、言う言葉を自分の中で整理しているらしい。
「でも、ぼくが不破くんの誕生日を嬉しいなって思って、だからお祝いしたいって思うのも、ぼくとしては当たり前のことなんだけど、駄目かな」
「駄目というわけではないが、物品を渡す必要性が理解できんな。誕生した事実を祝うにしても、物品は関係ないだろう」
結論としてはやはり『誕生日プレゼント』などというものは必要ない、と告げると、そっかぁ、と将はしょんぼりとした表情を浮かべた。
「ごめん、余計なことを言ったみたいで」
「風祭は俺の誕生を祝おうとしたんだろう。別に謝罪することでもない」
それが善意だ、ということくらいは大地でもわかる。相手が将だから尚更だ。出会ってから、ずっと彼を見てきた。不思議で、正直で、どこか不器用な生き方をする。見ていると飽きないし、もっと見ていたい、と思う。
「うん。それはそうなんだけど」
落ち込まれてしまうと、大地としては困る。将は元からいろいろな表情を見せるが、個人的には笑顔が一番似合うというか、相応しいというか、――――早い話、おそらく一番、大地が好んでいる表情だった。
だから大地としては、そんな表情を浮かべさせたくなかった、というのが正直なところだ。だが、どうすれば彼が笑うのか良くわからない。
そもそも、今までそんなことを考える必要などなかった。誰かの表情をどうこう思ったこと自体がない。笑っていようが怒っていようが無表情だろうが、大地にはどうでも良いことだった。
それなのに、彼だけが違う。
将だけが、大地を知らない感情や感覚を本人は知らぬまま、教えていく。
他人というものに、これまでこんなにも興味を持ったことがなかった。それなのに、将だけは違った。だからだろうか。
はじめは彼の笑顔が単に不思議だった。とにかく、不思議だった。だから真相を究明したいと思った。それだけのことだった。
それだけの理由で始めたサッカーも、存外つまらなくはない。彼と話す機会も多く、当然一緒にいる時間も増えた。家に来てみたい、というから来ればいいと言ったし、実際将はこうしてたびたび遊びに来るようにもなった。
今も、二人がいるのは大地の自室だ。部活終了後、なんとなく話の流れで将が家へと来ることになった。彼としては、大地の食事というのもがどうにも理解できないらしい。
(別に、いつもの通りで不都合はないんだが)
必要なカロリーがとれればそれで十分ではないか、と大地としては思う。だが、将は絶対駄目だ、とひどく力強く言った。家事を多少する身としては見過ごせない事項らしい。やはり、大地には良くわからない。
そんなわけで将は大地の夕食を作る、ということが決定し、無事食事も終えた。確かにまずくもないので黙々と食すと将は笑った。ひどく、嬉しそうに。たったこれだけのことで何が嬉しいのだろう、と思った。
思ったが、悪い気はしなかった。大地が完食すると良かった、といってまた将は笑った。
……そう、先ほどまではあんなに笑っていたというのに。
「そもそも、どうして風祭はオレの誕生日を嬉しいと思うんだ?」
考えたあげく、答えは出ずについつい、疑問を口にする。すると将はだって、と口を開いた。
「そりゃ、好きな人の誕生日は嬉しいと思うと思うよ。だって、その人がその日に生まれてきて、だからこうやって出会えたんだし」
「……好きな人?」
思わず聞き返すと、とたんに将の顔が一瞬にして赤く染まった。見事だ、と思うくらいに。
「いいいいい今のなし、今のなしだからっ!」
恐ろしい勢いでどもって将は訂正した。なし、ということは。
「好きな人ではない、ということか?」
「そうじゃなくて、好きだけどでもあの、別にそれは普通の好きで、そりゃすごく好きだけど、でも」
さっぱり要領を得ない物言いに首をかしげるばかりだ。意味不明としか言いようがない。
「結局、風祭はオレのことが好きなのか?」
先ほどの将の言葉を信じるならばそういうことになるだろう。普通に、でも、すごく、でも、とにかくその事実は変わらないはずだ。
少なくとも、彼は一度も大地が嫌い、とは言わなかった。確かに大地が嫌いならばこうして家に来ることもないだろうが、それはともかく。
大地の問いに、将は真っ赤なまま俯いた。やがて、こくりと小さく頷く。
「そうか」
深い意味もなく、頷いた。そうか。
「オレもそうかも知れん」
続いた言葉は、自分でも少々意外だった。そんな、人間を好きとか嫌いとか考えたこともなかった。それなのに、その言葉はひどく簡単に、するりと飛び出た。
「へ?」
とたん、将は間抜けな表情で大地を見上げる。ぽかん、と口を大きく開けていた。
「今まで真剣に考えたこともなかったが、少なくともオレは風祭を嫌ってない。興味もある。更に言えば」
言いながら将の頬に触れた。子供体温なのか、大地の平熱より高い気がした。
「触れても不愉快ではないな」
というより、触れているともっと触れたいような気がしてくるから不思議だ。本当に、彼は不思議ばかりを運んでくる。
「話をしていても退屈しない。ずっとこのままでも良いと思える。これら総合すれば、オレは風祭が好きということだろう。ただ」
「ただ?」
「好きの種類が不明だな。友情なのか、それとも恋愛感情なのか。風祭はどちらだと思う?」
問うと将はまた俯いて、わからないよ、と小声で言った。
この際、どちらでも良いか、と大地としては思う。どちらでもきっと大差ない。ただ、できればずっと、彼の側にいたいとは思うけれど。――――そう。できるなら、ずっと。
それこそ、自分の誕生日だからと物品を渡されるより、彼とともにいた方が絶対に良い。その方がよほど有意義だ。
そう思い、ならば、と口を開いた。
「風祭。明日はあいているか?」
「明日? 練習終わったあとならあいてるけど」
「明後日と明明後日は?」
尋ねると将は目をぱちぱちと派手に瞬かせる。
「あいてるけど、どうかした?」
「風祭と一緒に過ごしたいと思っただけだ。誕生日だからと物品を渡されるより、平日でも毎日風祭と会う方がオレとしてはずっと良い」
誕生日に興味はない。ただ、年を重ねる。それだけの日だ。けれど、もし。彼に毎日会って、二人だけですごせる時間が増えるというのなら、それはきっと毎日が記念日のようなものだ。ならば、それが何より嬉しい。何より欲しい。――――欲しいのは、彼と一緒に過ごす時間だ。
「風祭、返事はどうだ?」
尋ねると、将は相変わらず、否、更に顔を赤くした。赤くしながら、大きく。思わず見とれるような笑顔で、頷いた。
END