その日は平和だった。
 

 昼休みになるまでは。


昼休み。


 昼休み、という時間はいくらサッカーが好きな連中でもやっぱり楽しみだ。
 なので当然、昼休みを知らせると皆喜びに顔を輝かせる。そうしてぞろそろと、ある者は食堂へ、ある者はその辺の木の陰あたりで昼食を取る。
 どの場所で昼食を取るかは個人の自由だ。だから自分の好きな場所に行けば良い。昼を買ってあるか、これから買うか、によっても多少異なるが。
 そうして、どこで食べるか、を自分では決めず、相手によって判断する人間はそこには多数いた。そりゃもう嫌になるくらいたくさん。
「あれ? 今日はみんなも外?」
 お前が居るからな、という言葉を皆は飲み込み、将の言葉にその場にいる連中はそれぞれ縦に首を振った。はっきり言って大人数であった。
 将が日本に帰ってきてそりゃもうみんな大張り切りであったが、何しろライバルが多い。死ぬ程多い。練習中はある意味自己アピール大会へと変貌していた。
 ……が、将は相変わらず鈍く、あまりその辺を気にかけてくれる様子はあまりない。良いんだそれでもそんな将も好きだから、と皆思っているから問題はないが。
 ともかくそんなわけで、将に激しく片思いする連中は、少しでも将と有する時間が長くありたい。ので、当然昼食を彼と一緒に取りたいと思うわけだ。これはもう、多分当然の心理だった。
 そうして将は本日弁当持参の様子で、木の陰を選んだ。なので皆も自然に木の陰を選ぶことになる。ただし、今日は食堂で食べるかもしれない、と思っているから、皆は弁当など持参していない。
 つまり弁当を一度買いに行く手間があるわけだが、彼と一緒の昼休みのためなら、それもあんまり惜しい時間ではないと言えるだろう。
 ……第一、すでにそれには暗黙の了解があり、その場ですぐにジャンケン大会をし、負けた人間が弁当を買う、というルールまで存在していた。
 将は相変わらず天然で、そのジャンケン大会も不思議に思った様子もない。ごそごそと鞄からアルミホイルで包まれた物体(たぶんおにぎり)ををいくつか取り出している。
 やがてジャンケンに敗れた貴史がぶつぶつ文句を言いながら、皆の使い走りとなる為去っていった。
 そして、その直後。将が恐ろしく衝撃的な台詞を吐いた。
「天城、いくつ食べる?」
「二個で良い」
 いかにも自然な会話。当然、というような。
 しかししかししかししかし。
 なんで。
 どうして。
 将が、燎一にそんなことを聞くのだ。燎一もなんでそうナチュラルに返事をするのだ。
「それだけ? 天城、やっぱり調子悪い?」
「……そうでもない」
「本当に? だって朝ごはんもあんまり食べてなかったし」
 更にその言葉で皆の内心は阿鼻叫喚であった。
(朝ごはん、って…)
(どーいうことだよ。そりゃ確かに一緒に来てたけど偶然会ったんじゃないのか?)
 ほとんど皆白目状態である。しかしそれでも将は皆の変化に気がつかず、燎一におにぎりを差し出し、心配する素振りを見せている。
 ついでに気になるが、やはりあのおにぎりは彼の手作りなんだろうか。だとしたら是非食したい。っていうか、だからどうしてそれを燎一に渡すのだ。あぁぁぁ。
 と、誰もが思っていた。
 つまり、恋の一念は相当馬鹿を増産していた。
 やがて貴史が帰ってきて、そこでそろって昼食となったが、幸せにはほど遠い昼休みと言えるだろう。
 悶々と。ひたすら皆、悶々としていた。
 貴史だけは幸福にも何も知らないはずであったが、その空気の異様さに気がついたのだろう。
 使いっ走りになったのも手伝い、彼も眉間にしわを寄せた状態で黙々といかにもまずそうに自分の買ってきた弁当を食している。
「天城、ホントにもう良いの?」
「あぁ」
 皆が見ている分には燎一が調子悪い、というのは良く分からなかったが、将は真剣に心配している。確かに、この図体のでかい男がおにぎり二個では少なすぎるだろう。
「じゃぁ、少し横になってた方が良いよ。時間になったら起こすから」
 将が尚も言うと、反発する気もないのか、あぁ、と燎一が頷いた。
 そうして。
 再び、阿鼻叫喚であった。
 いかにも、当然、という様子で燎一が寝ころんだ。それは良い。別にすんごい邪魔じゃなければ。
 が、しかし。
 燎一の頭はしっかりと将の膝の上だ。
(ひひひひひ、膝枕………っ!)
 それは男のあこがれ。膝枕。
 それをどうして将も燎一も当然に、しかも公然でやってのけるのか。
「…か、風祭」
 弱く、ようやく、という様相で竜也が口を開いた。なんだか哀れなくらい憔悴している。
「何?」
「……その、天城と随分仲良くなったんだな…?」
 言いたいことを直接言えないあたり、竜也はやっぱりへたれだった。それはともかく。
「うん。ドイツにいる間も良く会いに来てくれたしね。今は一緒に住んでるし」
 前半も聞き捨てならないが、後半はもっと無視できない。
(一緒に住んでるし一緒に住んでるし一緒に住んでるし)
 頭の中でエコーしている。一緒に住んでるってそれはいわゆる同居、って言うかその様子だと同棲じゃないのかもしかして。
 信じたくない。信じたくないが、しかし。
「そのおにぎり、もしかして風祭の手製?」
 誠二が内心はともかく笑顔で問うと、将は笑顔で了承した。
「うん。……だから、形とかあんまり良くないんだけど。天城、おにぎり好きだって言うし」
 だからなぜそこで燎一の名前が出てくるのだ、とみんな内心号泣しながら思った。一緒に住んでいて、しかも手作りおにぎり。間違いなく新婚夫婦状態ではないか。
「一緒に住んでるって、どんな部屋?」
 おだやかに、多紀が口を開く。
「あんまり広くないんだ。急いで探したから。功兄のマンションはもう解約しちゃったし、天城の家に住む、って話しもあったけど申し訳ないし」
「どうしてそもそも、一緒に住むことになったの?」
「……え」
 更に問う多紀に、将は瞬間赤面した。
「……な、なんでかな」
 えへへ、と照れたように笑う。もう決定的だった。皆が必死に三年間、将に振り向いてもらおうとそれなりにがんばっている間に、どうやら将は燎一の恋人になってしまったらしい。
 畜生、と皆、目を閉じているだけなのか、眠っているのか不明な燎一を呪うように睨んだ。
「…将。まさかとは思うけど、ベッドは一つしかない、とか言わないよね?」
 努めて冷静を装い、翼が確認する。
「………」
 しかし、将は無言だった。赤面したまま。
「………………」
 皆はもっと長い間、沈黙する。それはつまりやっぱり。つきあってるなら当然かもしれないが。夜、つまりあんなことやこんなことが。あああああ。
 皆、もう完全にパニックだった。
「…もしかして、その状態で耳かきとかもしてやったりしてるのか?」
 ふと、思いついたように結人が聞くと将はうん、と頷いた。彼にしてみれば少しも特別な事ではないのだろう。
「たまにだけど」
 膝枕をした上で耳かき。将が。
 違う意味で皆はすごく悶々とした。
(その膝を俺に貸せ、っていうかよこせ)
 眼力で人が殺されるなら、とっくに燎一は天国に召されていたであろう。殺気は感じているのかもしれないが、ともかく皆の目を見ないですんだのは彼にとって幸いであった。
 しかし将は相変わらずにこにこと笑いながらおにぎりを口に運んでいる。ここまで行けば本当に称賛に値すべき鈍感ぶりと言えるだろう。
 そして皆と言えば。
 この風祭が自分のためにおにぎりを作ってくれて膝枕してくれて耳かきしてくれて夜は夜であんなことやこんなことが、と、それはそれは好き勝手に妄想し、それから少し間を置いて彼等は同じ結論に達した。
 それはつまり、別に今将が燎一とつきあっているとしても、別れて自分とつきあってくれるのならそれで良い。という結論である。もう自分の都合しか考えていないが余裕がない人間達なので仕方がない。 
 試合中も団結できないくせに、このときばかりは心を完全に一つにしていた。
 ともかく打倒天城燎一。
 何はともあれ打倒天城燎一。
 ………皆は大変燃えていた。
 ただ一人、将だけが何も理解せず、のほほんと笑う。
 そうして標的たる燎一はと言うと、ただでさえ調子の悪い身体だったのに、更に強烈な悪寒に襲われていたのであった。



 その後。昼休みは終わったわけだが。

「あら、バレたみたいですね」
 にこにこと、黙っていれば聡明な美女、で通るだろう玲が言った。
「バレたみたいですね。闘志が違う」
 穏やかに榊も言った。
 バレた、というのは無論、燎一と将の同居の件である。当たり前だが監督陣は皆、彼等が同居していることは知っていた。
 そうして、今この状況は彼女、及び彼にしてみれば万々歳な結果だと言えよう。何しろ皆が皆、必死でがんばってくれるのだ。将は元々サッカーが上手な人間、にめっぽう弱い(そこに恋愛要素が取り込まれるか、は相手次第だろうが)。なのでこの三年間もそれはそれは皆がんばってくれたが、これからはそれよりも更にがんばってくれそうだ。切磋琢磨してくれること間違いなし。
「天城くんにはがんばってもらわないと」
 笑顔を称えたまま、彼女が言う。そうですね、と榊も微笑んで頷いた。 
「………」
 唯一、その場でまともな精神をしている左右十だけが、複雑そうな瞳でフィールドの騒動を見守っていた。

                                 

おしまい。

■□■
なんかいきなり書きたくなった話でした。