気 ま ぐ れ な 引 力
3
部屋に戻ると、エドワードがすでにソファに座ってサンドウィッチを頬張っていた。
「私もいただいても良いのかな」
「勝手にしろよ」
返答はいつも通りの代物になっていて、少しだけつまらないな、と思った。先程のようにいつも赤面して欲しいわけではないが、つきあいも長いのだし、もう少し丸い態度でいてくれてもいいだろうに。
そんなことを思いながらエドワード手製のサンドウィッチを口元に運ぶ。ちら、と目端でエドワードが自分のことを見たのがわかった。
味は至ってシンプルだ。材料そのものの味。つまり不味くはないが、感動するほど美味くもない。おだてても、エドワードはきっとまた軽くあしらうだけだろう。こんなもの、誰が作っても同じだと言うに決まっていた。そしてそれは事実だ。
だが、それでも空腹時には十分と言える。自分もエドワードも無言で黙々とサンドウィッチを片付けていった。最後の一切れを口の中に放り込むと、まだエドワードは食べ終わってない様子だ。なんとなく、租借を繰り返す彼を見つめる。髪が伸びたな、とぼんやりと思った。
――――だって最近、彼ってすごく綺麗になったから。
ふと、そんな言葉を思い出す。なるほど、こうして改めてみれば、綺麗、と言えなくはないかも知れない。
美女も美少女もそれなりに見てきたが、エドワードのそれは彼女たちの美しさとはまた違う。
生き生きとした表情や、意志の強さをそのまま反映した瞳などが特に印象的だ。顔かたちもそれなりに整っているのは確かだろう。
「何見てんだよ」
見とがめられ、曖昧に微笑んだ。
「最近、君が綺麗になったと評判だから、つい見つめてしまったんだよ」
「あぁ?」
「綺麗になったと言われないかね?」
その問いに、エドワードは軽くため息をつく。その様子では皆無ではないらしい。
「そういう冗談が流行ってるみてぇだけえど、男に綺麗とかって意味不明だっての」
どうやら彼はそれが冗談だ、と認識しているらしい。それも無理のない話だが、少なくとも自分と会話を交わした女性は本気でエドワードが最近綺麗になっている、と思っている様子だった。
そしてその意味が、今ならわかる。最初に出会った頃に比べれば、彼は確かに綺麗になった、と言えるのだろう。本当に表情豊かになった。
加えて金髪金眼。目立つこと請け合いだ。
――――そんな子が、どんな女の子に恋したのか、やっぱり気になりますよ。きっと可愛らしい子なんでしょうね。
(確かに、気になるな)
今まで、誰が恋愛中だろうとその相手に興味を示したことなどほとんどない。だが、何故か今回は違っていた。自分には生意気な態度ばかり取る、鋼の錬金術師。けれど、恋した相手には違うのだろう。他の者と、自分とは違うように。否、更に違うのかも知れない。
どんな表情で相手を見つめ、微笑むのだろうか。
それは、どんな少女なのだろうか。それとも、大人の女だろうか。
なぜだか気になって仕方がない。それでつい、口を開いた。
「時に、君は意中の相手がいるそうだね」
その台詞を聞いた途端、エドワードが激しくむせた。
「な、なな、なに……っ」
「図星らしいな」
その反応を見れば、嫌でもわかる。思わずつまらなさそうな声音が口から漏れていた。そうして、そうやくその声を聞いて、どうやら自分は不機嫌らしい、と知った。
何故自分は不機嫌なのだろう、と頭の片隅で思ったが、それはどうでも良いことだ。それよりも、今はエドワードの思い人が気になる。
「どんなひとかのかな。美人かね? それとも可愛らしいひとなのかな」
「どうだっていいだろ、そんなこと!」
意中の相手がいる、ということを隠しもしない。苛立ちが増した。
「そうはいかない。君がどんな状況なのか、把握するのも私の仕事だからね。それた例え、プライベートだとしてもだ」
仕事、というと効果は抜群だった。ちら、とロイを見た後、視線をそらしてエドワードは口を開く。
「美人とか可愛いとか、そんな風に思ったことねぇからわからねぇ」
「ほう」
つまり惹かれたのは顔ではない、と言いたいのだろうか。ますます面白くない。
「では、どこに惹かれたのかな」
「……知らねぇよ、そんなん。気がついたらそうだったんだっての。一方的な引力っつーか、まぁそんな感じ」
ぶっきらぼうに言い放っているが、かなり照れているのがわかる。恥じらいを帯びた表情を浮かべていた。
「引力?」
「そ。引力。一方的にぐいぐい引きつけられて、そんなつもりなくても、そんなはずねぇって反発しても駄目だった」
次に浮かべたのは、どこかあきらめを帯びている。それがひどく大人びて見え、内心驚愕した。彼がそんな表情を浮かべるなどとは思いもしなかった。
同時に、更に不機嫌になる自分を知る。一体自分はどうしてしまったのだろうか。
「相手は君の気持ちは知ってるのかな」
「知らねぇだろ。知られてたまるかっての」
エドワードは視線を床に落とし、どこかはかない風情でそう言った。
「直接思いを伝えてはいないのかい?」
そう問うと、エドワードは小さく笑った。
「言わねぇ。絶対、言わねぇ。何があっても言わねぇ。それだけは、決めてんだ」
ひどくきっぱりと言い切るが、その表情はあまりにも切なげだった。
本当に、一体どんな女がエドワードにこんな表情を浮かべさせているのだろう。苛立ちは憤りに姿をいつの間にか変えていた。
「何故言わないのかな」
それなのに、それでも問うてしまったのは何故だろう。彼のことを知りたいと、そう思ったのだろうか。少しでも、エドワードのことを知りたい、と。
今までこんな風に彼と話したことはなかった。その必要も感じなかった。話したいと思えば、いつでもその機会はあったからこそ、慌てる必要などないと思っていた。
例え自分に対して少しばかり生意気な態度を取るとしても、それは彼が自分に多少は気を許している証拠だ。そんな風に驕っていた。否、それは確かに事実であるはずだ。
だが、今はどうして今まで聞かなかったのだろう、と思う。エドワードが恋していること。恋する相手がいるということ。その思いを伝える気がないこと。
聞けば聞くほど、面白くない。だが、知らなかった事実が余計に許せない。知っていれば。
(知っていれば、こうなる以前に)
そこまで考えて愕然とする。一体自分は何を考えているのだろう。そうなる前に、どうするつもりだというのか。
決まっている。今、自分はエドワードの恋を壊すことを考えていた。ごく自然に。当たり前に。彼がそんなにも思い詰める前に、恋をする前に、壊滅させることができたらと、そう思った。
思うと同時に、そんな自分の思考にぞっとする。
「言っても意味ねぇだろ。別に恋愛成就とか望んでねぇし。相手は相手で、オレのことはそんな風に絶対見ねぇし」
ロイの思惑も知らず、エドワードは相変わらずロイを見ないまま、そんな言葉を紡いだ。つまり彼は、その恋心を永遠に秘めているつもりらしい。それはそれで、美しい話ではある。
「高嶺の花というわけか」
つまらなさそうに呟くと、かもな、とエドワードが微かに笑ったのがわかった。
「だから、言わねぇ」
自分の中に渦巻く思念に惑いつつ、その言葉をただ聞いた。やはり、心穏やかには慣れない。どんな女なのだろうと思うばかりだ。
恋の成就を望まない、と彼は言う。その気持ちを当人に告げる気はない、とも。
ならばそれで良いはずだ。彼の恋愛はそこで終わりで、それを彼も望んでいる。思いを告げれば、実際は両思いかも知れないというのに、彼はその気がないとはっきりと告げた。第一、どこにも自分が苛立つ理由などないはずだ。
例え彼が恋をしていても。その恋が成就しても、しなくても。それなのに。
「……大佐?」
エドワードが自分を呼んだ。先程までと声のトーンが違う。どこか不安げなその声。初めて聞く類の声だった。
「どうかしたのかよ。もしかして、疲れてんのか?」
「そうだね、少し、疲れたのかも知れないな」
そうだ。自分は疲れているのかも知れない。珍しく真面目に仕事をしたから、疲れて。だから、いつもとは違うのかも知れない。こんなにも苛立っているのかも知れない。きっと、そうだ。そうにちがいない。そうでなければ説明がつかない。
「なら、とっとと寝ろよ。帰宅するより、医務室かどっかで寝たほうが良いんじゃねぇのか?」
顔色を変え、真剣なまなざしで告げる。どうやら本気で心配してくれているらしい。
その事実が素直に嬉しい、と思った。先程まで自分を決して見ようとしなかったエドワードが、今は自分だけをただ見つめている。
「君が心配してくれるとは、嬉しいな」
思わず本音を紡ぐと、途端にエドワードがまた赤面した。それはそれは鮮やかなほど、赤く。
「なっ、……べ、別に心配なんかしてねぇっ!」
そしてまた、自分から目をそらす。もっとその瞳を見つめていたかったのにと、残念に思った。
「残念だな」
だから告げる。本当に、残念だと思った。
「こちらを見て話てくれないかな。君の顔が見たいんだ」
本音だというのに、エドワードはからかわれたと思ったらしい。怒った表情を浮かべて立ち上がる。
「そーいう台詞は、オレじゃなくてあんたのお気に入りに向かって言いやがれ!」
「ひどいな。今は君に言いたくて言ったのに」
どうして彼は怒るのだろう。単なる本音を告げたにすぎないというのに。そして自分はどうして、彼の顔を見たいと思うのだろう。
そう思いかけ、その必要もないと思い直した。答えなどここまで来れば分かり切っている。
どうしてこんなにも苛立つのか。顔が見たいのか。どんな相手なのか知りたいのか。
本当に、分かり切っていた。
(そうか)
そうだったのか、と思う。自分は、目の前の子どもに。
エドワードに、どうやら惹かれているらしい。
今まで、知らなかった。考えたこともなかった。相手はまだ、幼さの残る子どもだ。恋する理由もない。何より同性だった。
だというのに、自分は彼になぜだか恋しているらしい。不思議なことに。不可思議なことに。
その事実に、妙に冷静に、そして深く納得した。
(なるほど、確かに一方的な引力だな)
――――そ。引力。一方的にぐいぐい引きつけられて、そんなつもりなくても、そんなはずねぇって反発しても、駄目だった。
先程、エドワードはそう言った。
確かに、いつの間にか、けれど確実に引きつけられた。エドワードの言うとおり、反発しても駄目なのだろう。
もしかしたら、恋愛の神とやらが存在するとすれば、それはずいぶんと気まぐれなのかも知れない。あるいは、恋の引力そのものが気まぐれなのだろうか。本来なら恋するはずのない相手に、恋をするのだから。
(さて、困ったな)
どこか悠長に、そう思った。いつ、どうして自分が恋したのか。何故恋したのか。それはどうでも良い。答えが出たところで、何の役にも立たない。気がつけば、彼に惹かれていた。
そして今、初めて自覚した。
知るのは、その事実だけで十分だ。
問題は自分が恋した相手は、他に意中の相手がいる、という現実だろう。困った。相手の女性がわからないのであれば、妨害することもできない。
先程はそんな自分の思考に驚愕したが、自覚してしまえばたいした感慨もない。邪魔ならば消すのが鉄則だ。利己的になろうと思えば、自分はいくらでも利己的になれる。要は開き直ることだった。
そして今、自分は完全に開き直っている。恋をしてしまったのなら仕方がない。不可抗力だ。なにしろ、恋は引力なのだから。
「とにかく、もう寝てろ。あぁ、このソファでも良いかな。結構でかいし。ほら、横になれよ」
ぐいぐいと身体を押され、そのままソファへと横になるように指示される。先程まで怒っていた癖に、相変わらず自分の心配をしている様子だった。
「熱はねぇな」
エドワードの左手が、ロイの額に触れた。どうやらロイの体温を測っているらしい。けれど、自分よりもよほどエドワードの方が体温が高い。さすが子どもだな、となんとなく思った。
「大丈夫だよ。たいしたことはない」
自分が彼に恋しているならば、自分が苛立ったのも、不機嫌になったのも、つまり理由はただ一つ。エドワードが恋する相手に嫉妬しただけだ。
なんてくだらない、そして低次元な理由だろう。今、もし本当に自分の具合が悪いとすれば、それは古今東西あまりにもありふれた病だった。
――――――――――その名を、恋の病、という。
(まさか、今更そんなものにかかるとは思わなかった)
そう思うとおかしくて仕方がない。本当に、どうして自分は今まで気がつかなかったのだろう。こんなにも、自分は彼に恋していたのに。
「笑ってる場合じゃねぇだろ。水は飲むか?」
「……そうだね、もらおうかな」
頷くとぱたぱたとエドワードが走っていく。その後ろ姿をじっと見つめた。まだ幼い、どこか頼りないと言って良い後ろ姿だ。そんな存在が、こんなにも自分の中で大きい。
それなのに今の今まで気づかないとは、我ながらどうかしている。
子どもだと思っていた。そのつもりだった。恋愛対象になど、なるはずがなかった。けれどそんな自分の中の常識を、いつの間にか覆されていた。自分自身も気づかぬまま。
(望外の極みだな)
だが、驚いて納得してそれで終わり、というわけにもいかない。問題はエドワードには意中の相手がいる、とい点だ。思いを告げるつもりはない、とエドワードが断言した以上、両思いになる可能性は低い代わりに、思いがいつまでも昇華できない可能性が高い。
それは非常に喜ばしくない事態だ。どんな相手か知らないが、今となっては目障りなことこの上ない。
「ほら。水持ってきてやったぜ」
行きと同じく、走ってエドワードが戻ってくる。おそらくなみなみと注がれていたはずの水は、半分ほどに減っていた。
「悪いね。ありがとう」
反射的に笑顔で礼を告げながらグラスを受け取ると、当たり前にエドワードの手が触れた。途端、ぱっと彼が手を離し、完全に受け取る前だったためにグラスが落ちた。
直後、がしゃりと耳障りな音を立ててグラスが砕け散る。
「悪ぃ」
「いや、私が受け取り損なったからだな。わざわざ持ってきてくれたのにすまない」
互いに謝罪の言葉を口にしながら、元はグラスだったガラスの破片を二人で拾った。
「あんたは手を出すなよ。切っても知らないぜ」
「平気だよ。それにかすり傷程度は珍しくもないしね。
それを言うなら君の手の方が心配だよ」
何しろ、機械鎧の右手ならまだしも、細かい欠片は拾いにくいからか彼は生身の右手で拾っている。
「オレも怪我は慣れてるから平気。……っ」
言ってるそばから怪我をしたらしい。小さくエドワードが呻く。見れば、指先から血が溢れていた。咄嗟に、そして無意識に手が伸びる。
「え、……っ!」
考えるより先に行動していた。エドワードの指を己の口元へと運び、口に含む。
ごく当然、血の味が口腔に広がった。その味を認識して、ようやく自分が何をしたのか自覚する。
「な、なななな、ななに、何すんだ!」
また、彼は赤面する。今までは滅多に彼が怒り以外で顔を赤くする様子を見たことがなかったが、今日は一体何度拝んだことだろう、とどこかのんびりと思った。
一方で、何故自分はこんな行動をとったのだろう、とも思う。自分自身で驚かずにはいられない。
「あんた、誰にでもこんなことしてんのかよっ?」
「まさか。吸血鬼でもあるまいに、誰彼構わず傷口を舐めたりしないよ」
真っ赤な顔のまま、自分を睨み付けて言うものの迫力は皆無だ。その決死の表情などはむしろ可愛い、とすら言えるが、これは言わない方が良いだろう。
(これが睨み付けるのでなければ、割と馴染みの情景だが)
誰かが顔を赤らめて自分を見つめる、という状況にはかなり慣れている。それは女性であれば自分に気がある証拠だった。経験上、それは間違いない。
そしてエドワードの表情は、と言えば、彼自身は男性であるものの、どう見ても恥じらいながらも自分へ愛を告げる女性達の方を連想させた。
(……まさか、とは思うが)
そう、まさかと思う。思うが、何度考えても結論は一つしかなかった。この表情を、本物の単なる怒りとはどうしても捕らえられない。その程度には、自分もエドワードを知っているつもりだ。
それに、その『まさか』だとすれば、今日、彼がたびたび赤面した理由も納得がいく。合点する。
(ならば、そういうことか)
それとも、それは願望だろうか。そうであれば良い、と今、自分は心底思っている。願っている。祈っている。だから、そんな結論しか導かれないのだろうか。
「鋼の」
「なんだよっ」
「話を蒸し返して済まないが、君の意中の人について尋ねたいんだが」
その言葉に、エドワードは一瞬ぽかんとする。それはそうだろう。エドワードにしてみれば、それはすでに終わった話というだけではなく、いきなり怪我をした指を舐められたあげくの台詞なのだから。
「もうその話は良いだろ!」
「いや、私が良くないんだが」
「オレは良いんだっての!」
彼の態度はかたくなだ。このままでは当分、答えてくれそうにない。
「では、私の話を聞いてくれないかな」
エドワードは返事をしなかった。言うなら勝手に言ってろ、とでも言いたげだ。
「ごく最近知ったんだが、私はどうやら恋に落ちたらしいんだ」
「……へぇ」
ほんの僅かだけ、エドワードの声がうわずった。ただし、それは注意深く聞かなければ気づかないだろう。表情は無表情を保っている。
「素直なんだが、素直じゃない面も持ち合わせているひとでね。今までになかったタイプだから、扱いに困ることもありそうなんだがそこが新鮮でもあるな」
「……ふーん」
先程と同じように、一応の相づちを打つ。けれど、表情には微かな動揺が読み取れるようになっていた。
その表情を見て、仮定は確信に変わった。間違いない。
それは過信ではなく、事実のはずだ。
(本当に、扱いに困りそうだな。実に難しそうだ)
そう思い、くすりと笑みが浮かんだ。
「それに優しい子でね。非常に弟思いでもある。少し意地っ張りで不器用な部分もある上、頑固でもあるが、まぁそんなところも可愛いと思うよ」
「……あっそ。そんで、もう告白したのかよ?」
「これからだよ。私としては良い返事を期待しているんだがね」
心の底からの本音を聞くと、エドワードは目を伏せて、そっか、と小さく呟いた。やがて、少しばかり強ばりながらも彼は笑顔を浮かべた。
おそらくは、エドワードにとって精一杯の笑顔を。
「せいぜんがんばれよ」
その表情は痛々しいと言って良い。そのうえ、その台詞だ。いじらしいにも程がある。内心でため息をついた。
どうしてそこで、何も言ってはくれないのだろう。言えばもっと話は単純だというのに。
「話をまた戻って、君の意中の相手だがね」
「その話はもう良いって言ってんだろ。相手に迷惑かけるつもりねぇし、思うだけなら、……思うくらいは自由だろ」
ロイの顔を見ないまま、そうエドワードは言う。まるでそれくらいは許して欲しい、とでも言いたげだ。
「相手も君から思いを告げられるのを待っているかもしれないというのに、黙ってるのかい?」
「それは絶対ありえねぇ」
あまりにもきっぱりと断言されて、がくりとうなだれそうになる。確かに、今まで自分が思い描いていた『好みのタイプ』と彼は一致しない。それは確かだ。事実だ。だから確かに、エドワードは間違っていない。いないが、そこまではっきりと断言しなくても良いだろうに。
エドワードにとって、それは絶対事項なのだろう。恋が叶う可能性など夢見ることはなく、負担にも迷惑にもならないために、告げないとそう決めた。
もしかしたら、彼自身の事情も更に重なっているのかも知れない。旅を重ねる上に、その事情は過酷と言って良い。けれどだからと言って、そんなにも潔く、かたくなに恋を諦められても困る。非常に困る。
その上、これだけ話していても一向に自分のことだと気づかない。つまりはエドワードがこの上なく、その手に関しては鈍いのは確実だ。
「……絶対、かね」
「絶対だ。けど、別にそれは良いんだ。最初から恋人になりてぇとか、そんなんじゃねぇし」
間違いなく、彼は本気でそう思っているのだろう。欲がないのは美点だが、今回においてはもう少し欲を出して欲しい。
「私は是非、恋人になりたいんだが」
「あんたとオレじゃ考え方が違って当然だろ。いい加減、この話やめようぜ」
本気でこの話を打ち切りたいらしい。エドワードにしてみれば当然だが、ロイにしてみればこのまま話が止まっては意味がない。
「もう少しだけ、話を続けさせてくれたまえ。私の意中の相手は、最近綺麗になったと評判の子なんだが」
エドワードはもう返事もしない。だが、一応聞いてはくれている様子だ。
ただし、やはりと言うべきか無反応だった。構わず、更に言葉を続ける。
「私は言われるまでそんなことにすら気づかなかった。更に言うなら、情けないことに自分の実意に気づいたのは本当に最近なんだ」
最近、というよりは数分前と言うべきだろう。その真実を言う気にはさすがになれないが。
「その子は蜂蜜色の髪と瞳をしていて、私よりずいぶん年下で、その上国家錬金術師で、機械鎧の手足を持っているんだ」
そこまで聞いて、ようやくエドワードが自分を見た。怒るわけでも、笑うわけでもなく、ただ淡々と告げる。
「……あんた、オレをからかって楽しいのか?」
「からかってなどいるものか。私は真実を真剣に告げているんだよ。その様子では、ようやく思い当たる人物がいたようだね」
どうやら信じる気になれないらしい彼に向かって、にっこりと微笑みかける。
「そんなわけで、鋼の。是非、良い返事をもらいたい。ついでに言うなら悪い返事を受け付けるつもりもない」
「なんだよそれ。オレに選択権はねぇのか?」
信じているのかいないのか、とりあえず、と言った様子でエドワードが尋ねる。
「当たり前だろう。互いが意中の相手なのに、つまり両思いだというのに、了承以外の返事が必要とは思えないな」
「りょうおもい、って」
「両思いだろう。君は私に恋していて、私は君に恋しているんだから。それを両思いと世間では言うんだ」
懇切丁寧に説明すると、エドワードはぽかんとした顔をして自分を見つめている。だがやがて、何度目かの赤面を披露した。
「つか、ななな、なんであんた、オレ、オレが……っ」
「それも先程、突然気づいたんだ。必然というやつだな」
この際、必然でも運命でも偶然でも構わないのだが、とりあえずそう言うとエドワードはひたすらに愕然とした様子だ。
確かに、一生言うつもりのなかった恋心を、当人に看破されれば当然かも知れない。
「惹かれた理由はわからず、一方的な引力のようだと君は言ったね。だが、君も知っている通り、引力とは物体が互いに引き合う力だ」
彼の目を見て、まるで諭すように告げる言葉はいつもなら一笑に付されそうなそれだった。だが本人は真剣だ。
「つまり引力は一方的ではあり得ない。引き合うから、引力と言うんだ。引力ならば互いに惹かれあうの道理というものだよ」
「あんた、むちゃくちゃだ」
「無茶苦茶で結構。さぁ、返事を聞かせてくれないか」
返事を迫ると、泣き笑いに近い表情で仕方ねぇな、と言った。
「引力が相手じゃ、いくらオレでも逆らえねぇし」
それはおそらく、今のエドワードにとって精一杯の返事に違いない。顔はどこまでも赤く、その表情がただ愛おしい。衝動のまま、手を伸ばして抱きしめた。
「良い答えだね。その通りだ」
微かに一瞬だけ互いの唇を重ねると抵抗はなく、唇を離した頃にはまた顔を真っ赤にしていた。その初心な反応に微笑むと、エドワードが自分を睨み付ける。だが、やがて照れた様子で笑った。自分も、ただ微笑む。
それは時には気まぐれで、唐突で、想定外で。
――――――そして、誰もが逆らえない。
そんな、絶対的な引力。
END
◇■◇
