記 念 日 未 然 。
1
久しぶりに姿を見せた彼は明るく、けれど少しだけ違和感があった。
それは昼食後の事だった。電話のベルが鳴り、リザが受話器を取ると、通る声で来客到着の旨を告げてきた。
今日、来客の予定などは皆無で、しかも今現在は自分も部下も極めて多忙だ。その状態でいきなり予約のない来客となれば通常は断るが、リザはいかにも当然、とばかりにお会いになりますか、と問うてきた。
相手が誰かは言わない。それは実に珍しい行動だった。優秀な彼女が言い忘れるとも思えない。
(つまり私が断らない相手、か)
そうなればあまりにも人間は限られている。しかも、そのうち一人はすでに鬼籍だ。一番可能性が高いのは、あの子どもだろう。以前も何度か突然やって来たことがあった。来るならば事前に電話の一つもくれればとその時も告げたが、毎回適当な言い訳をされるのが常だった。
「逢おう。こちらまで直接来るように伝えてくれ」
「承知しました」
頷き、彼女は会話を再開した。その電話はすぐに終わり、受話器を置く。
「すぐに来るそうです」
その言葉通り、間もなく勢い良く執務室の扉が開いた。
反射的に自分も部下も書類から顔を上げると、そこにいたのは予想通りの人物、即ちエドワード・エルリック――鋼の錬金術師だった。
「よ、久しぶり。なんか東方司令部と雰囲気変わらんねぇんだな、ここ」
挨拶の直後、部屋を見回してそう告げる。
「以前はもう少し雰囲気自体は違っていたが、今は確かに、東部とそう変わらないだろうな」
苦笑しつつ、その言葉に頷いた。部下達が散り散りになっていた頃ならば、彼が受けた印象は大分違っていただろう。
「久しぶりだね、鋼の」
少しばかり眼を細め、告げた。逢うたびに、大人へと近づく子ども。前回逢ったときよりも身長も伸びた様子だ。顔も大人びたように思う。
部下達はエドワードの来訪を歓迎し、それぞれ話しかけ彼の現状を把握する。
「アルはどうしてんだ?」
ジャンが尋ねると、ぱっとエドワードは笑顔を見せる。心の底から喜んでいる事が伝わる、そんな笑みだった。
「この間退院した。今はリゼンブールに戻ってるけど、毎日が新鮮だって笑ってた。まだ一応療養中だから今回は来なかったけど、今度は二人で挨拶に来るな」
彼の最愛の弟であるアルフォンスは、先日念願を叶えた。それは兄であるエドワードにとっても悲願と言って良い。
更に言うなら、エドワード自身も生身の手足を取り戻した。
「そっか、良かったな」
「あぁ。あ、そうだ。オレの手足もさ、やっと馴染んできたんだ。不思議だよな。元々オレの手足なのに、初めは上手く動かなくってさ」
言いながら、エドワードは腕をまくった。右腕は鋼だったと部下の誰もが知っている。だが、今眼下に差し出されたそれは紛れもなく生身の腕だった。彼と同じ肌の色をした、その手。かつては失われていた、手。
彼の言うとおり、今は何の不都合もなく彼の意志通り動いている様子で、言われるままに掌を握ったり開いたりしてみせている。
良かったね、良かったわね、良かったな。口々に部下達が言い、自分も同じように告げた。それは本当に、喜ばしい事態だと真実思う。部下達の言葉にエドワードは笑って頷き、礼を言い、それから自分を見る。自分も彼を見ていたから、視線が重なった。その瞬間、彼は困ったような表情浮かべ、誤魔化すように目をそらす。
それは本当に一瞬で、部下達は誰も気付かなかったらしい。それくらい、瞬く間のことだった。
(……?)
何故、あんな表情を浮かべたのだろう。自分はエドワードを困らせることなど、まだ何も言っていない。からかってもいない。だと言うのに。
内心で首をかしげたものの、解答が出るはずもない。
その後もエドワードは部下達には笑顔を振りまいていたが、自分に対しては基本、無愛想だった。この点は今までと変わらない。だからこそ、先程の表情の意味が気になって仕方がなかった。
「これから、どうすんだ?」
「んー。色々考えたんだけど、とりあえずどうするかは決めたかな。正式に決まったら、みんなにも知らせるよ」
その表情は、少しだけ迷いの表情が見えた。だが、それは当然と言えば当然のことだろう。今まで、彼は弟の肉体と自分の手足を取り戻すという目標のためにひたすら生きてきた。その夢が叶った今、彼は新しい未来へと歩き出す。それは夢や希望に満ちているだろうが、多少の不安を感じるのはごく自然の心理だ。
(これから、か)
そしてその未来において、自分との関わりは皆無となるだろう。
出会って、五年。
――――――長く、そして短い年月だった、とロイは思う。
出会った当時、幼すぎた子どもは確実に大人への階段を登っている。
うつろな眼をした子どもも、焦燥感に苛立つ子どもも、もういない。いるのは、目的を達し、幸福を手に入れた少年だ。それは本当に、本当に喜ばしいことだ。喜ぶべき事だ。
だと言うのに、ロイは心の片隅で喜ばない自分を知っている。
彼の幸福を願っていた。望みが叶うように、とも。
だが、こうして現実となれば残る結果は目に見えている。それは自分にとって、ひどく苦い。
けれど言わなければならない。彼はおそらく、その為に来たのだろう。ならば、告げるのは自分の役目だ。
「さて、鋼の。そろそろここへ来た用件を聞こうかな」
雑談が一通り済んだ頃合いにそう告げると、浅く彼は頷く。
「ん」
聞かなくても、用件は知っていた。わかっていた。事実、彼はどこまでも予想通りの言葉を紡いだ。
「国家錬金術師、やめようと思うんだ」
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