言 ノ 葉






 畜生、とひたすらに思った。
(畜生、大佐の奴……!)
 ひりひりと肌が傷む。理由は単純明快、火傷の為だ。
 本日、昼。大総統閣下の許可の元、中央の練兵場でロイと戦った。
 結果は、と言えば、現在火傷を負って軍の医務室で寝ている自分を見れば一目瞭然と言えるだろう。
(畜生、悔しい……っ。絶対勝ったと思ったのに、左手も発火布だったなんて詐欺だよな、詐欺!)
 それも作戦の内、と言われればそうなのかもしれないが、けれどやはり悔しいものは悔しい。
 いつもいつも余裕ありげに微笑んでいるあの顔を殴ったらきっとすっきりできると思ったのに。それなのに、自分ができたのは彼の右手発火布を破いただけだ。
(次は絶対勝ってやる、絶対だ)
 決意を固めつつ、白い天井を睨む。室内は静かだった。医者は火傷の処置をした後、どこかに行ってしまったきりで不在で、先程までは傍らにいた弟の姿もない。
 いつもは優しい癖に、今日は『だって兄さん、自業自得だし』等と薄情な台詞を紡ぎ、そして『後片付け手伝ってくるね』と言って去ってしまった。そんなわけで、そこそこ広い医務室にいるのは自分だけだ。
「うー、畜生」
唸るようにひたすらに呟く。悔しい、とまた思う。
 医者曰く、火傷は全身に及ぶものの『信じられないほど軽症』なのだそうだ。今はひりひりと痛むが痕が残る心配はまずないし、三日もすれば痛むこともないだろう、とのことだった。
 相手はイシュヴァールの英雄だ。彼がそれなり以上に強い事なんて知っていた。
 そしてロイは実際、自分の層状以上に戦略に長けていて、―――無論自分が単純すぎたことも自覚はしているが――――、ともかく勝負にすらならなかった。
 しかも自分がそれほどまでに軽症ということは、ロイは相当、自分相手に手加減をしていた、ということになる。
 そこがまた、エドワートしては気に入らない。彼が手加減をするほど余裕があった、ということも、彼が手加減できるほど自分が弱い、という事実も。
(畜生。だいたい、大佐はいつもすかした面して、食事でもどうかとか言うし、冗談じゃねぇっての)
 いつでも笑顔で、彼は鋼の、と自分を呼ぶ。そうして優しげな声で話しかける。そのたびに、自分はどこか落ち着かない気分になる。全部それはロイのせいだ。ロイが悪い。特に、この間の冗談は酷かった。
(そうだ。この間なんか、君のことが好きなんだ、なんてろくでもないこと言いやがって……!)
 あまりのことに呆然としている間に、是非、真剣に考えてくれないかな、などと言っていた。本当に最悪の冗談だった、とエドワードは思う。
 だって自分は知っている。ロイは女好きで、女たらしだ。先程、自分と戦うときだって、彼は見物人達に彼女をかえせ、とか滅べ、などと言われていた。その罵声だけでも普段の行いを察するには十分だ。
 気がつけば、自分の思考はロイのことで埋まっている。それがまた、気に入らない。
 疲れているし、眠った方が良いと自分でも分かる。けれど、眠れる気分ではなかった。
 畜生、ともう一度心の中で呟いていると、不意にノックの音がした。そうして姿を見せたのはジャンだ。酷く疲れた顔をしている。
「よ、大将」
「どうしたんだよ、少尉」
 問うと、ジャンはは笑って言う。
「部下が後片付け中にうっかり怪我したんで、救急箱借りに来た」
 どう考えてもそれはジャン以外の人間でもできることで、つまり彼は少しばかり、片付けを休みに来たのだろう、と理解する。
「片付け、大変なのか?」
「そりゃ、あんだけ派手にやってくれりゃなぁ」
「あれは大佐が悪いんだからな」
 自分は走り回っただけでたいした被害は出しておらず、被害のほとんどはロイの仕業だった。
「大将の火傷はどうなんだ?」
「別にたいしたことねぇけど。それがまたむかつく」
 エドワードの言葉に、ジャンはそうか、と笑う。
「まぁ大将はもう大佐には勝ってるし、それでおあいこってことにしておけよ」
「オレが大佐に勝ってる?」
 何の話だろう。そんな覚えはない。彼と勝負をしたのは今日が初めてで、そして自分の完敗だった。
「全然、そんな記憶ねぇんだけど?」
「あー、大将はまだ自覚ねぇかもなぁ。自覚したいなら、すぐにできる方法もあるけどな」
「どんな方法だよ?」
 首をかしげつつ問うと、後悔するからやめとけよ、とジャンは笑って言う。そう言われると、ますます気になるというものだ。
 その後、散々粘った結果、ジャンはある言葉をロイに言ってみろ、と言った。そうすれば、ロイは絶対に降伏するに違いない、と自信たっぷりに。
 ただし、とジャンは繰り返し言う。それは決して軽々しく言うなよ、絶対に後悔するからな、と。
 けれどその言葉はあまりにも単純で、どうしてそんな威力を発揮するのか、全くエドワードには分からなかった。
 その後ジャンは片付けに戻り、再び医務室にはエドワードだけが残された。その後、仕方なくぼんやりとしていると、驚いたことに今度は元凶であるロイが姿を見せた。
「やぁ鋼の。怪我の具合はどうかね?」
「人を全身、焼いた人間が何言ってやがる」
 唸りつつ言うと、ロイは微笑んだ。
「私としては戦いたくなかったんだがね。その代わり、最低限の被害ですませたと思うんだが」
 確かにロイは自分と戦うのを嫌がっていたらしいことは知っている。先程、ジャンもそう言っていた。そして少なくとも、エドワード自身は『最低限の被害』で済んでいる。……練兵場はひどい有様であるらしいが。
 そう思うと、ますます苛々が募る。自分と戦うのが嫌なのは、その価値がないからか。手加減するのは、自分が弱いからか。
(畜生)
 悔しかった。とにかく、悔しかった。勝ちたい。この男に、どうしても、絶対に勝ちたいと思った。
 そして思い出す、ジャンの言葉。意味は分からなかったが、今、言えばどうなるのだろう。本当にロイは自分に降伏するのだろうか。
 半分以上は自棄で、残りは興味本位でそう思う。言うべきか悩みつつ、ロイをじっと見つめた。
「鋼の?」
 何故だろう。ロイが自分を見つめ、の銘を呼んだ瞬間、言ってやれ、と思った。それで、彼に勝てるのなら。……その言葉の意味は、わからないまま。
 そうして、そっと口を開く。
「大佐」
 どう言えば良いんかな、と内心でぼんやり思いつつ言葉を紡いだ。
「優しく……してくれるなら良いぜ?」
 言いながら、やはり意味がわからないと思った。
 この言葉で、どうしてロイが自分に降伏するのだろう。
 けれど次の瞬間、疑問は別の疑問で塗り替えられた。気がつけば、ロイが自分をきつく抱きしめている。
「え、大佐……っ?」
 何が起こったのか理解できない。脳内は疑問符で溢れていた。
「それが君の答えと受け取って良いのかな」
 耳元で囁く声音はやけに魅惑的だった。ぞくりとするような、何かが秘められている。まずい、とようやく思った。自分は多分、言ってはならない言葉を言ったのだ、と。
「ちょ、ちょっと待て大佐!」
「優しくするよ」
 自分の制止の声は全く聞こえてないのか、尚もロイは耳元で囁く。何を優しくするのかと問おうとすると、自分の唇と彼の唇が重なった。
(なななななんで!)
 何故、どうしてロイが自分にキスをするのか。完全に頭は混乱していた。
 
 ――――そうして。
 その後は、ロイの言う『優しく』、される時間を過ごすことになり、ますますエドワードは混乱の一途をたどることになる。

 恋は先に恋した方が負け。だから、ロイは最初からエドワードに負けていて、その上例の言葉で完全降伏状態になった、等と。そんな事実を知るのは、それからもう少し後の話。
 ついでに、エドワード自身が自分の気持ちに気付くのは更にもう少し先の話なのだった。


happy end?

◇ ■ ◇

2009年6月14日のROYED EXPO2内当日企画「ROYED TIMES」(ペーパーラリー企画でした)用小説でした。