※鋼アニメ1期後の更に後、シャンバラ(劇場版)後設定です。
アメストリスのロイ・マスタングではなくて「こちら世界」のロイ×エド、です。
事実上ほとんどパラレルです。
それでも大丈夫、という方のみどうぞ。
夢 寐 の 楽 園
1
風が強い日のことだった。
さぁ、と風が吹いた。
その場所に行った事に、たいした意味はなかった。場所はどこでも良く、けれど公園のベンチなら無料だし、その強い風が心地良かった。喫茶店に入る程喉も渇いていなかったから、それなら、と存在だけは知っていたその公園に向かった。ただ、それだけのことだった。
ベンチに座り、鞄から書類を取り出す。その厚さに、小さくため息をついた。
ラングの仕事手伝って半年、つまりアルフォンスがこの世界にやってきてからも約半年が経過しようとしている。
自分には未だに映画のことは良く、わからない。ラングほどの情熱が自分にはないからだろう。錬金術へ傾けるほどの、その情熱が。
それでも今のエドワードにとって、映画に関わるのは仕事だから手を抜くわけにはいかない。紙の束を最初にぱらぱらとめくって概要を確認し、それから一枚一枚、じっくりと読み始めた。
公園内は割合に静かだ。遠くで子ども達が笑う声。時折、強い風が吹く。
のどかな風景の中、エドワードは真剣にその書類を読み進める。
眼の疲れを感じ、少しだけ眼を閉じる。リゼンブールの日々を何故か、思い出した。
きっと一面に広がる緑がリゼンブールを連想させるからだろう。ただしリゼンブールは自然の賜だが、今、エドワードが見ているのは作られた緑の絨毯だ。木々は手入れをされ、所々見事な花が咲いている。作られた、美しい風景。
子ども達の笑い声も、余計にあの懐かしい日々を思い出させる。幼い頃はあんな風に自分も笑って、アルフォンスと駆け回っていた。時には、ウィンリィも一緒に。
(元気で、やってかな。ウィンリィも、ばっちゃんも)
きっともう、二度と会うことはないのだろう。自分はこの世界に来ることを選んでしまった。彼女は、怒っているだろうか。それとも納得しただろうか。泣いていなければ良い、と思った。
風が心地良かった。眼を開き、再び書類に視線を移そうとする。けれど、その瞬間、一際強い風が吹いた。
その途端、手元の書類が宙を舞う。うっかり、気を抜いていた、と思ったときにはもう遅かった。
慌てて立ち上がり、一帯に舞う書類を広い集める。
その時だった。
かしゃ、という音。かしゃ。かしゃ。今度は続けて聞こえた。それも、割合近い場所で。
(カメラのシャッター音?)
公園で写真を撮るのは、そう不思議なことでもない。けれど何となく、その音の方向へと視線を送った。
――――――そうして。
その男は、その場にいた。
エドワードの視線に気付いたのだろう。カメラから目を離し、その男は微笑んだ。カメラはしっかりとエドワードの方向を向いている。つまり、今までの様子を彼は写真に撮っていたらしい。
「あぁ、悪かったね」
言いながら、男の近くにまで散らばった書類を拾いあげる。ちら、とその紙片を読んだのが分かった。
「君は、映画関係者なのかな」
問われたが、答えられない。ただ驚いて、目の前の男を見つめた。
不思議な事じゃない、と頭の中では分かっている。
アルフォンスにそっくりな青年がいた。
グレイシアにそっくりな女性も。
ヒューズにそっくりな男性も。
だから何一つ、不思議ではないのだ。わかっている。
そう思うのに、呆然とせずにはいられなかった。
「何か?」
不思議そうに、目の前の男は首を傾げる。その仕草、その声。
あまりにも、目の前の男は似ていた。かつての、自分の上司に。――――ロイ・マスタングその人に。
「……別に、何でも、ない」
どうにか言葉を紡いだが、声が掠れた。
とにかく動揺していた。
「もう一度聞くが、君は映画関係者なのかな」
答えなければ、男が持った資料を返す気はないのか、エドワードが手を差し伸べても彼は書類を渡さない。仕方なく、口を開いた。
「無関係じゃなくなった、って程度」
手伝いはしているが、中枢にいるわけでもない。これからもラングと関わり合いになるのなら、その比重も増えるだろうが、そんなことを今会ったばかりのこの男に言う必要もないだろう。
「君の名前は?」
更に質問を重ねられ、何事だろうと男を見つめた。見れば見るほど、ロイに瓜二つだ。違うのは、アメストリスにいるあの男は今、隻眼の様子だったが、目の前の男は両目が存在している、ということくらいだろうか。
「……それ、あんたに答えないと返してくれないわけ?」
問い返すと、男は優雅に微笑した。どうやら、その通りであるらしい。
「エドワード。エドワード・エルリック。……人の名前聞くときは、自分から名乗るのがマナーじゃねぇのか?」
尋ねたのは、きっと未練だろう。あの男にも、自分はきっと会えない。覚悟は決めた。あの男と、最後に出会えたあの時に。けれど、こうして目の前に瓜二つの顔をした男を眼にしてしまうと、その覚悟はひどく脆弱なものだったのではないか、という気すらしてくる。
「ロイだ。ロイ・マスタング」
その名前に、驚いて目を見開く。全く同一の名。
けれど、やはり別人には違いない。あの男に、写真を撮る趣味があったとは思えない。その暇もなかっただろう。自分が知っているあの男はいつでも軍服姿で、つまり軍人のあの男しか、知らなかった。
目の前にいる男は無論軍服ではなく、白いシャツを着ている。錯覚したくなるほど似ているが、やはり、彼はあの男ではなかった。
差し出された書類を示され、受け取る。きょろ、と周囲を見回すと、それが最後の書類だったようだ。無事回収できて良かったと内心安堵した。
「拾ってくれたことは礼を言う。けど、勝手に人の写真を撮るのはどうかと思うぜ」
もうきっと、この男にも会わないだろう。会えないだろう。この出会いは単なる偶然だ。けれど、偶然でも良い。この世界の彼の姿を見ることができて良かった、と思った。だから微笑み、告げる。
「じゃぁな」
別れの言葉。会えて嬉しかった、なんて言葉は絶対に言わない。言えるはずもない。
(……大佐も、元気かな)
あの世界で。あの国で。あの男は、どうしているだろうか。元気でいると良い。あの眼帯は似合わなかったけれど、きっともう周囲の人間には馴染んだ姿なのだろう。
空を見上げると、どこまでも青い。風は相変わらず強く髪がなびいた。
アメストリスも、今日は青空だろうか。あの男は、どんな空を今頃見ているのだろうか。
そんな自分の思考に苦笑する。戻れないからこそ、そんな風に思ってしまうのかもしれない。
ふと、視線を感じて後ろを振り返ると、あの男が、――ロイがこちらをじっと見ていた。エドワードが振り返ったことに気付くと、微笑んで手を振ってくる。変な奴、と思った。
けれど、悪い気はしない。ただの、酷似している他人。それでも、会えて良かったと思った相手だ。別人だ、と思うからこそ、逆に対応は本物のロイ・マスタングに対するよりも柔らかくなる。手を振り返すことは無かったが、もう一度、軽く笑った。
それがつまり、彼との出逢いだった。
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