空の在処 2
荷物を全てトランクにしまい、一段落した瞬間に部屋の電話が鳴った。コールは二回。それから、ついで内線が鳴った。
「何だ?」
受話器を受け取りながら言うと、使用人が実に事務的な声で燎一様にお電話です、と告げた。
『お名前は風祭様とおっしゃいますが、お繋ぎしてもよろしいでしょうか?』
「…風祭?」
(珍しいな)
と、言うよりは初めてのことだ。一応、選抜メンバーには将達や監督達全員の連絡表のようなものが渡されているから、電話番号を知っているのは当然だが、彼が燎一に電話をかけて来たことなど、記憶の限り一度もない。
そう思いながら繋げることを了承すると、暫しの保留音の後、彼の声が聞こえた。
『…天城?』
どこか不安げな様子で自分を呼ぶ声は、確かに風祭将だった。
「何だ?」
「…すごいね、本当にお金持ちなんだね。お手伝いさんがいるんだ?」
「まぁな」
そんな意味のない会話をした後、ようやく将が用件を言う。
それは実に彼らしくて、内心苦笑しながら了承した。自分も行かなければ、と思っていたから、丁度いいタイミングとも言える。
「あぁ、わかった。じゃぁな」
そうして、時間と場所を決めると電話を切る。時間にして、五分も過ぎていなかった。
彼が希望したのは教えること、であって一緒に行くことではなかったが、彼の方も燎一がその場所へ行くことを不思議がるはずもなかった。お互い今日はそれなりに時間もあり、当然のように今日中に、ということになる。
―――『かずえさんのお墓参り行きたいんだ。場所、教えてくれないかな』
自分がドイツへ行くまであと三日。
自分がいなくなれば、それは確かに不可能なはずで、彼の性格を考えれば納得しかできなかった。まったく、妙な所で義理堅い人間だ。かずえとは、面識、と呼べるものはほとんど存在しないというのに。
ほんの少し、話した、だたそれだけの老女を気にかけている。もう、いなくなってしまった彼女を。
ちら、と燎一は写真立てを見た。
彼女は写真の中でも、穏やかに微笑んでいる。
―――本当に幸せでございました。
あれは彼女の本心だったのだろう。彼女は嘘が下手だったから、それは分かっている。
彼女はいない。
もう、どこにも。
一人で満足して。自分を置いて行ってしまった。―――幸せそうに。
だから、燎一は泣くこともできなかった。
それは、プライドが邪魔したことも確かにある。中学生にもなって、と思った。けれど。それより。
泣いてはいけないのだ。
幸せに、と彼女は言ったのだから。
――――――どうか、幸せに、と。
幸せな人間が、泣くはずがない。泣けるはずがない。
だから燎一は泣かない。
試合をして、勝って。それを、自分のことのように喜んでくれた彼女はいないけれど、確かにサッカーは自分の幸せを示す道なのだと、今は思うから。
だから自分はドイツへ行く。
…その決意に、後悔はなかった。
そのことを気付かせ、決意させたのは将だ。決めたのは確かに自分ではあったけれど。
――――――彼がいなければ、自分はサッカーすらも捨てていたかも知れない。かずえがいなくなったことで、自分は確かに自暴自棄になっていたのだから。
彼に会えて、良かったと。
そう、今なら素直に思える。
小さく口元だけで笑うと、燎一は時計を見た。約束の時間まであと一時間。すぐに家を出た方が良さそうだった。
もう一度写真を見ようとして、苦笑する。これから彼女に会いに行くのに、行って来る、と言う必要もないだろう。
そのまま部屋を出ていき、急いで外へと出る。
空はあの日のように青く、そして雲が白かった。
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