や が て  が  う 季 節 に




 なんて、綺麗な夕焼けだろう。

 ぼんやりと校庭を教室の窓から眺めて、そう将は思う。なんて綺麗なんだろう。なんて、鮮やかな世界だろう。今まで、自分はそんなことすら知らなかった。夜になれば、もう部活は終わりだ。それがただ、惜しかった。ずっとずっと、ただサッカーをしていたかったから。
 見慣れた、走り慣れた校庭。こんな風に、じっと教室から眺めたことなどあまりなかった。いつでも自分は校庭の中で走り回り、ボールを追いかけていた。それが当たり前だと思っていた。
 否、それは確かに当然だった。サッカーがやりたい、その一心でこの学校に来た。本当に、それだけが自分の全てだった。
 だから知らなかった。こんなにも、この窓から見える風景が美しかったことなど。
 明日から試験期間に入るからだろう。校庭には一人も生徒は存在していない。おそらく、校舎にもほとんど人はいないはずだ。先ほどまで皆、将の周りで色々と話をしたけれど、もうすぐ兄が迎えに来るから、と嘘をついて帰ってもらった。しばらく、ひとりでこの風景を眺めていたかった。
 数ヶ月前、将はサッカーをしていて怪我をした。大怪我だった。だから今も、松葉杖がなければ満足に歩くことすらできない。役立たずの足。もう、サッカーはできない、と医者は言った。
 ――――涙すら、出なかった。
 それでも、まだ希望はある。これからドイツへ行って、手術をして。そうしたら、また自分は走ることができるかもしれない。サッカーができるかもしれない。
 その可能性があるのなら、どうして悩む必要があるだろう。それは自分一人ならば、きっと見つけられなかった選択肢だ。たくさんの人達が自分を心配し、そして導いてくれる。
 気がつけば、太陽は姿をほとんど消している。もう、夕方と言うよりは夜に近い様相だ。それでも帰る気にはまだなれなくて、そのまま人気のない校庭を見つめていた。
 部活の思い出はいくらでも脳裏に浮かんでくる。当たり前にサッカー部のみんなと笑い合い、汗を流し、ひたすらにサッカーに夢中になった。走り回り、転んで、泥だらけになって。
 それは当たり前の日常だった。あまりにも幸福で、幸福すぎて、いつしかそれがどんなに贅沢なことであるか、自分は忘れていたけれど。
 ぼんやりとそのまま回想にふけっていると、不意に扉が開く音がした。
「風祭」
 驚いて振り返るのと同時に、自分の名を呼ばれる。相手が誰であるのか、すでに暗くて姿は良く見えないが声でわかった。
「……水野、くん
「まだ帰ってなかったのか?」
「水野くんこそ」
 竜也の問いに、苦笑を浮かべながらそう返した。彼の顔が見えなく良かった、と思いながら。
「俺はちょっと担任に呼び出されて、話が長引いたんだ」「そうなんだ?」
 竜也は成績も優秀だし、一般的には優等生と言われる立場だ。それなのに、一体どんな用事で担任の教師に呼び出されたのだろうか。
 そう思ったが、逆に優秀な彼だからこそ色々とあるのかもしれない。彼ならば進学先も選び放題だろうが、担任としては是非奨めたい高校などもあるだろう。確か、以前大地が担任教師に有名名門高校に行くよう奨められた、と言っていた。
 竜也自身としては、どうやら武蔵森への進学を考えている様子だ。それは確かに今の彼にとっては最良の選択かも知れない。ただし、竜也としてはその事実を将に知らせにくいらしく、口に出して告げられたことはなかった。その理由も知っているから、将としては自分がすでに知っている、ということを彼に知らせて良いのかもわからない。
「ぼくはずっと校庭見てたんだ。……今日が、最後だから」 明日、自分は足の手術の為、ドイツへと向かう。だからこの学校に来るのも今日が最後だ。例え無事手術が成功したとしても、当分はリハビリもあるだろうし日本へは戻れないだろう。
「風祭」
 竜也の声音は、小さく、弱い。何を言って良いのか、迷っている様子だ。彼は将が怪我したことに対して、必要以上に責任を感じている。否、必要なんて欠片もなかった。それは全て、将自身の問題であり、責任だった。それなのに、竜也は責任を感じ、だからこそ将に進学先さえ伝えることを躊躇っている。
「ぼく、この学校が大好きだったよ。来て、本当に良かったと思う」
 桜上水中学校に転入して、本当に良かった。この学校でサッカー部に入って、みんなに会えて。本当に、毎日が楽しく、幸福だった。ここに来なければ、分不相応にも、東京選抜に補欠とはいえ残れる可能性などなかっただろう。この町に来て。この学校に来て、自分は確かに変わったのだと思う。
「……水野くんにも逢えて、良かったって思ってるよ」
 この学校にやってきた自分にとって、最初の衝撃はきっと彼の存在だった。桜上水サッカー部の中で、群を抜いてサッカーが上手く、誰よりも鮮やかな存在。
「俺は」
 彼はそこまで言って、けれどそれ以上言葉を紡がない。しばらく、沈黙だけが教室に存在していた。
「もう遅い。帰った方が良いぞ、風祭」
「うん。そうだね。もう、帰るよ」
 まだ少し、名残惜しいと思う。
 もう二度と、自分はこの学校に戻れないだろう。少なくとも、生徒としては。こうしてこの国を離れることになって、改めて将は思う。本当に、自分はこの町が、この学校が大好きだったのだ、と。
 それでも、自分は旅立つ。そう決めた。そうしなければ、自分は夢を叶えられない。否、夢を見ることすら、できなくなってしまうだろう。それは自分が自分ではなくなることと同義だ。
 竜也が気を利かせたのだろう。暗い教室に明かりが灯った。
「ありがとう」
 礼を言うと、いや、と小さく竜也が返事をする。表情は見えなかった。
 松葉杖の力を借り、ゆっくりと立ち上がると、少しずつ前へと進む。今ではだいぶ、松葉杖の使い方も慣れた。
「水野くんも、帰るんだよね?」
 歩きながら尋ねると、あぁ、と彼は頷く。
「なら一緒に帰ろうよ」
「……良いのか?」
 問い返されて、苦笑する。どうして、彼はそんなにも不安そうな瞳をするのだろう。
「勿論」
 笑顔を作って言うと、竜也は少しだけ笑った。ひどく弱々しい笑みだ。やはり、彼は将の怪我に対して、相当責任を感じているに違いなかった。 
 松葉杖を使っての下校はひどくゆっくりとしたものになる。けれど、竜也が文句を言うことはなかった。ただ、痛々しそうに自分を見るだけだ。
 少し前は、その視線に気付くのが怖かった。哀れまれているかのようで、ひどく苛つきもした。自分の足が壊れてしまった事実が悔しくて哀しくて、けれど同情はされたくなかった。
 それは無意味なプライドなのだと、自分でも思う。竜也にしてみれば、そんな風に自分を見つめるのも仕方のないことなのだと、今ならわかる。
 同じ立場になってみれば、将だってそうだったに違いない。自分が出したパスを受け取ろうとして、走った相手が大怪我をしたのなら、それは心配して当然だったし、負い目もあるだろう。
 けれど少し前の自分には理解することが不可能だった。そんな心の余裕がなかった。それだけのことだ。
「今日は、一人なのか?」
 いつもなら功が行きも帰りも学校まで来るまで送り迎えしてくれることを知っているからだろう。そう尋ねられ、うん、と頷いた。
「功兄も忙しいからね。今日の夜中には戻ってくるみたいだけど」
 ドイツには、功も一緒に行くことになっている。それ故に、日本にいるのは今日で最後だからと友人達と飲みに行っているはずだった。
 功は当初行く気がなかった様子だが、当分日本には戻れないのだから、と将が必死で説得した結果ようやく頷かせた。せめて日本にいる最後の日くらい、彼も息抜きをした方が良いだろう。
「そうか」
 頷き、教室の時と同じように沈黙が広がった。将も竜也も、何も口にはしない。何を言って良いのかもわからなかった。きっと竜也も同じに違いない。
 やがて、将の住む――と、言ってもそれも今日が最後になるが――マンションへと到着した。気がつけば、いつもの道で彼と別れることさえしてなかったことに気付く。
 竜也にマンションまで送られた、という事実に気付き、内心焦った。けれど、何でもない振りをして笑顔を作る。最近、素直に笑うことも思い出しつつあったが、それでも笑顔を作る機会も多かった。
「ごめん、送ってもらって。もう大丈夫だよ。ありがとう。……えっと、改めて言うのも変だけど」
 そこまで言って、けれど唇が震えて出てこない。言う台詞はとても簡単だ。
 ――――今まで、ありがとう。さようなら。
 たったそれだけの言葉なのに、声に出せなかった。
「風祭。部屋まで、送っていったら駄目か?」
 その思惑を読んだかのように、竜也が言う。ぎこちないながらも微笑みを浮かべてくれたことに、内心ひどく安堵して頷く。一方で、寂しい、とも思った。
 かつて、竜也は自分にとって憧憬の存在だった。近づきたい、と思った。そして対等になって、彼の信頼を勝ち得るような、そんな存在になりたかった。
 それなのに、今。竜也は将の怪我に責任を感じ、作り笑顔しか浮かべることがない。まるで、自然に笑うことを忘れてしまったかのようだ。
(ぼくも人のこと、言えないけど)
 少し前までは、自分もそうだった。笑えるようになったのは、自分の努力ではなく、竜也も含めた周囲の人間達が自分を支えてくれたからだ。
 エレベーターの中でも、やはり竜也は無言だった。それは将も同じで、やがてエレベーターの扉が開く。
 エレベーターから将の住まう部屋まではほとんど距離などない。松葉杖を使用してさえ、その距離はわずかなものだった。怪我してからはありがたい事実だったが、今は少しだけ、物足りない。
 玄関は目前だった。
「……風祭」
 名を呼ばれ、顔を上げる。竜也の表情は、悲痛そのものだ。
「少し、話したいな。水野くん、家に上がってよ」
 見ていられなくて、顔を伏せて言った。竜也は返事をしないが、去らないところを見るとそれは了承だろう。鍵を取り出すと、竜也が当たり前に受け取り、鍵穴に差し込む。くるりと回すと難なくドアが開いた。
 松葉杖の将を気遣って、そのまま竜也がドアを開く。将が入ると、竜也も続いた。そうして将の部屋へ二人で向かうのは、いつぶりのことだろう。少し前までは、かなり頻繁に彼はこの部屋に訪れていた。逆も然りだ。
 それは本当に、一時期はあまりにも当たり前のことだった。そうしてあの頃の自分たちは、その当たり前の日々がずっと続くのだと無意識に、そして無邪気に信じることができた。なにひとつ、根拠のないままに。  
「……明日には、もう風祭はいないんだな」
 やがて、小さな声で竜也が言った。視線は引っ越し準備の済んだ将の部屋を彷徨っている。
「うん、そうだね」
 頷くしかない問いに、笑顔を作った。明日には、この町から、この国から自分は出て行く。だからどの部屋にも、もう家具の類は残っていない。必要な物は送ったし、そうでなければ処分した。あまり荷物の多い部屋ではなかったが、それでも随分と広く、寂しく感じられた。
「あ、何か飲む?」
 客人に何も出していないことに気付いて問うと、静かに竜也は横に首を振った。
「良いの?」
「あぁ。……手術、成功すると良いな」
「うん。すごく評判の良いお医者さんみたいだし、周防さんも太鼓判押してくれたし、きっと成功すると思う。そうしたら、リハビリもがんばって、必ず戻ってくるよ」
 必ず、と言うとき、少しだけ声が震えた。
 そうだ。必ず、自分は帰ってくる。帰りたいと、そう思う。とても真剣に、切実に。いつの間にか、ここはこんなにも自分にとって大切な居場所になっていた。
 だから帰ってくる。手術は成功するはずだ。リハビリは辛いだろうけれど、またサッカーができるというのなら、それが何だと言うのだろう。努力なんていくらでもできる。またフィールドを走れると言うのなら、どんなに辛くても、苦しくても自分はがんばれる。――がんばれるはずだ。
 けれど、それはもう少し未来の話だった。今は彼と話をすることが一番将にとって重要事項だった。
「ぼく、水野くんに言わなきゃと思ってた事があるんだ」
「俺に?」
 不思議そうに竜也は首を傾げる。必要以上に整ったその顔は、憂いばかりを帯びていた。
「怪我したのは、水野くんのせいじゃないよ。ぼく自身のせいで、だから水野くんが責任を感じる必要なんかないんだ」
「違う!」
 意外なほど大声で、竜也はそう断言した。彼の怒鳴り声を聞いたのは随分と久しぶりのような気がする。
「違う。俺があの時、あんなパスを出さなきゃお前は、……っ」
「違うよ。水野くんは悪くない。自分でも無茶をしてる、って自覚もあった。それでもぼくは無茶をしたかったんだ」
 ただ、走りたかった。サッカーがしたかった。それが悪いことだとは、今でも思えない。今も夢見るほど、その瞬間に焦がれている。
 けれど確かに、無茶をしすぎたのだろう。どんなに身体が、足が悲鳴を上げてでも、自分はサッカーをせずにはいられなかった。結果、足を壊した。それはどこまでも自分の責任でしかなく、竜也が責任を感じる必要は欠片も存在しなかった。
「無茶をして、すごく後悔してるけど、でもやっぱり後悔していない自分もいるんだ。水野くんの期待に応えたかったし、シゲさんと戦えて楽しかったし、嬉しかった」
 だから、と言葉を続けた。そうだ。だから、自分はドイツへ行くのだと己にも言い聞かせるように。
「だから、必ず帰ってくるよ。また、みんなと逢いたいし、みんなとサッカーがしたいんだ。そりゃ、少し帰ってくるのは遅くなるかも知れないけど、でも必ず帰って……」
 帰ってくるから、と最後まで言うことはできなかった。言う前に、ぎゅう、とひどく強い力で竜也に抱きしめられる。その瞬間は、自分に何が起こったのか理解できなかった。
「風祭」
 ただ、竜也は将を呼んだ。その存在を現実だと確かめるように。
「風祭」
「必ず、帰ってくるよ」
 身体の力を抜き、今度こそそう言葉を紡いだ。そうだ。今、自分は確かにここにいる。明日には去ってしまうけれど、必ず帰ってくる。絶対に。
「ちゃんと帰ってくる。そしたら、また一緒にサッカーしよう」
 夢語りだ、と人は笑うかも知れない。絶望的だ、と言われた。それでも、自分は夢を捨てきれない。或いはそれは、とても滑稽な事なのかもしれなかった。
「そのときはちゃんと水野くんからのパスも受け取るよ」
「……そうだな。その日を、待ってる」
 抱きしめたまま、竜也は頷く。その手は力強かった。まるで離すまい、とするように。そして離れることを恐れるように。
「ずっと、待ってる」
「うん」
 その腕に身を委ねたまま、力強く頷き、目を閉じた。とくん、とくん、と彼の心臓の音が聞こえる。それはとても心地の良いリズムだった。
 そっと将もその手を彼の背中に回す。それは試合中の抱擁とは明らかに意味が違っていた。それくらい、将も分かっている。
 ずっと前から気付いていた。知っていた。自分が彼を見ていたこと。彼が自分を見ていたこと。多分、それは竜也も同じだろう。
 互い分かっていて、けれど何も言わなかった。
 互いに信頼できるチームメイトという関係を壊すのが怖かったのかもしれない。 
 けれど、それでも。
 こんなにも、違う。こんなにも、彼が側にいることが今、嬉しく、そして切ない。
「……水野くん。頼みが、あるんだ」
 泣きそうになる自分を必死に宥める。今は泣くときじゃない。だって今、自分は辛くない。哀しいわけでもない。ただ愛しく、そして少し、寂しいだけだ。
「頼み?」
「うん。……笑って欲しいんだ」
 出逢ったばかりの頃、彼は自分を快く思っていなかった。それは当然だろう。やがて、初めて笑いかけてくれた日のことを覚えている。少しだけ、唇を笑みの形に曲げて。その笑顔を見たとき、どれだけ自分は嬉しかったことだろう。最初は知らなかったその表情。けれど、彼が笑う度に、嬉しいと思う自分がいた。
 けれど、今の竜也は笑わない。笑みを浮かべるとしても、それは偽りばかりだ。自分も怪我してから、偽りの笑みばかりを浮かべてきていたから良く分かる。彼は最近、将の知る限り本当に笑ったことなど一度もなかった。
「難しいこと言うな」
「そうかな。でも、水野くんの笑顔が見たいんだ」
「難しい。……本当は、離したくない」
 ぎゅ、と抱きしめる腕に力が更に籠もった。
「……うん」
 離したくない。離れたくない。自分だって同じだ。けれど、離れなければ自分は前に進めない。前に進み、そして彼に再会するために、今は別々の道を歩かねばならなかった。そして、その道を選択したのは自分だ。
「じゃぁさ、再会した頃なら見られるかな」
 自分が戻れたら。再び逢えたら。そうしたら、彼は笑ってくれるだろうか。あの頃のように。
「多分な。風祭が笑ってくれたら、俺も当たり前に笑えると思う」
 その台詞に苦笑した。怪我をした直後よりはちゃんと笑えるようになったけれど、数は断然少なくなったことを彼は知っていたのだろう。
「約束だよ」
「そうだな」
 それはどれだけ先の未来だろう。一年か。二年か。五年か十年か。それはまだ、わからないけれど。
 けれど、それでも自分は戻ってくる。必ず。絶対に。
 例え、どんなに時間がかかったとしても、それでもサッカーを捨てることなどできはしないのだから。
「風祭」
 不意に名を呼ばれた。それは先ほどまでと少し声質が違う。気がつけば、彼の腕の力も緩んでいた。
「何?」
 返事をし、竜也と真正面から向き合った。
 真剣な眼差しが、そこには存在している。
「……」
 言葉など必要なかった。ごく自然に将は目を閉じ、彼の唇を受け入れる。それは衝動であり、必然だったのだと思う。少なくとも、自分たちにとってそれは必要な行為だった。
 子供じみた誓いかもしれない。けれど、確かに自分たちは真剣だった。どんなに幼くても、誰にも負けないくらい、切実で、真剣で、そしてどこか頼りない、それはそんな恋だった。
 唇が離れると、お互いどうして良いのか分からなくて俯いた。それから、互いに苦笑する。まだ、以前のような笑顔はまだ互いに浮かべられはしないけれど。
 けれど、いつか。
 いつか、自分がこの町へ、――――彼の元へ戻ってきた時、おそらくはいくつかの季節が通り過ぎた頃、自分たちは笑いあえるだろう。長い、長い空白の時間すらも乗り越えて、以前のように思いきり笑えるだろう。
 今はまだ、なにもかもが自分たちには足りなかった。時間も、余裕も、そして多分、覚悟すらも。
(だけど、大丈夫)
 今は足りないなら、努力すればいい。あきらめるなんて、自分にはできない。ただひたすらに足掻いて、努力して、前を目指せば良い。
「必ず、戻るよ」
 笑いたいけれど、やはり失敗した。それは泣き笑いの表情になる。あぁ、と竜也は頷いた。
「信じてる。風祭がフィールドに戻ってくるのを、俺はずっと信じてる」
 それは遠い未来かも知れない。けれど、必ず叶えてみせる。何があっても。どんなに、困難でも。
 それは春だろうか。夏だろうか。それとも秋や冬かも知れない。いつでも良い。その日はやってくる。
 だから、これは別離じゃない。さよならじゃない。また逢うために、自分は歩き出すだけだ。そして竜也も、歩き出すのだろう。
 そうして、必ず自分たちは再会するだろう。



 ――――例えば、やがて君が笑う季節に。


END



◇■◇