※R18


夢鏡






 彼は暴れた。それはおそらく、本気で暴れているつもりなのだろう。
 けれど、その決死と言うべき抵抗はアルフォンスにしてみれば些細なことだった。
 エドワードは強い。体術もそれなり以上にできる。けれど、それでもアルフォンスに勝てたことは一度もなかった。それに、この身体はエドワードの弟のものではない。そんな、無意識の遠慮もきっとあったのだろう。
 ばさりと、己が使っているベッドへと彼を押し倒し、強引に唇を重ねた。そのまま、舌を差し入れる。
 本気で嫌なら舌を噛めば良いのに、エドワードはそれをしない。ただ、頭を左右に振って逃れようとする。それくらいで逃れられるはずがないことくらい、彼も察しているはずなのにと可笑しくなった。
「―――っ、……やめっ……」
「やめないよ。ずっと、こうしたかったんだ。あなたと」
 そう。ずっと、こうしたかった。キスしたかった。彼を、抱きたかった。
 元々、一触即発の状態ではあったのだ。最初にもう一人の自分と会話したときから。自分の明確な望みを知ったときから。自分に存在する、飢餓の正体を知ったときから。
 それでもずっと、耐えてきた。それはこの人を汚すことがきっと怖かったからだ。
 けれど、もう自分は自分を止められない。止める事なんて、できない。
 唇を離し、衣服を脱がせる。彼はまだ、微かに抵抗を示していたが、気にもならない。
「お前、本当にアルなのか……?」
「勿論そうだよ。どっちの、と言われたら両方かな」
 もう一人のアルフォンスの意識を、微かに感じることができる。けれど、制止の声は聞こえない。当たり前だ。彼も、同じ事を望んでいるのだから。
 通常、自分は兄さん、と彼を呼ぶ。そしてもう一人の、この世界の自分は彼をエド、と呼ぶ。けれど、そんな区別はもう意味がない。
「や、……っ、やめろってば……!」
「絶対にやめない」
 素肌に触れると、びくりと大きく彼が震えた。機械鎧の替わりに存在する義手と義足の存在が、かえって生身の体を艶めかしく見せる。
 エドワードの弱い抵抗を力で押さえつけながら、そっと所有印をその身体に残していく。どこもかしこも、触れたくて仕方がなかった。
「赦されない。オレ達は、兄弟なんだ」
「赦されなくたって構わない。それに、この身体は血は繋がってないよ」
 この世界の自分と彼は血が繋がっていない。赤の他人だ。だから、肉体的には兄弟ではない。
 けれど、例えこの身体がアルフォンス自身のもので、正真正銘エドワードと血が繋がっていたとしても自分は構わない。
 一体誰に赦されたいと言うのだろう。自分たちは神など信じていないと言うのに。
 とっくに、自分たちは神に見放されているというのに。
 くすくすと笑って、もう一度口づける。彼の舌は柔らかく逃げようとするが、しばらく離さなかった。
「兄さんは、いつから気付いてた?」
 やがて唇を離すなり、そう問いかける。
「そんなの、知らな……っ」
 けれど、彼は知っていた。アルフォンスが彼に恋していることを。それはいつなのだろう。自分には記憶のない三年間の間だろうか。それとも、ここ数日のうちだろうか。もしかしたら、もっと幼いうちからなのだろうか。
 自分の弟に欲情されていたと知り、彼は何を思っただろう。今もこうして、弱く抵抗を続けるこの人は。
 気付いていた癖に、知らないフリをずっとしていた。それはエドワードが狡い人間だからなのか。それとも、臆病な人間だからなのか。
 彼は本気で逃げたいと思ってはいるのだろう。けれど、自分は逃さない。どうしても彼が欲しかった。
 ―――今度いつ逢えるのか分からないのならせめて、今、彼の身体が欲しかった。
「……ひ、ぁ……っ……」
 エドワードの分身に触れると、惑ったらしい声をあげる。構わず指を絡ませ、幹を育てた。
「やめ、……や、―――っ」
 やがて彼の声は嬌声に変わり、更にすすり泣きへと変わった。耐性が無い為か、快楽には少しばかり弱い性質らしい。
 そのまま更に暫く扱いてやると、すぐに彼は終わりを迎えた。白い液体がアルフォンスの掌を汚す。
「―――っ……」
 荒く息をつく彼は泣いていた。その理由は想像つくけれど、心は痛まない。それよりも、エドワードが自分の指で感じ、吐精した事実が嬉しかった。
「こっちのボクとは、したことないんだ?」
「……っ、当たり前だろ……っ!」
「そう」
 それは良かった、と呟く。けれど、彼もこうなることを望んでいたのだから、きっと時間の問題だった。
 そしてこれからも、こうなる可能性がないとは言えない。
「……ゃ……、やめ、――っ」
 無理にエドワードの足を開かせて、彼の最奥の部分を晒させる。最初は指で、次に舌でその部分を弄んだ。
「や……、――んっ、……ぁ、あ……っ」
 感じるのだろう。声は艶を帯びていた。それが悔しいのか、切ないのか、浮かべる表情がまたそそる。慣れてきた頃を見計らって一気に彼の内側へと自身を埋め込んだ。
 慣らしたと言っても、彼の身体は狭く、熱い。エドワードも酷く苦しそうだった。
「――っ、もぅ、……ゃ……っ。……抜い……っ」
 おそらくもう嫌だとか、抜いてと懇願しているのだろう。けれど、心は動かされなかった。ただ、彼の目が涙に濡れて綺麗だな、とぼんやりと思う。
 たまらない愉悦が、身体を支配していた。
「…駄目だよ、兄さんの中をボクで満たしたいんだ」
「アル、……っ」
 名を呼ばれることを更に愉悦を感じながら、より深い場所へと押し入る。
「――っ……」
 その後はもう夢中だった。本能のままに腰を動かし、エドワードの内側をひたすらに侵略する。いつしか、彼の声音もひどく甘いそれへと変化していた。
 一際奥へと腰を進めると、強く締め付けられる。そのまま耐えきれず彼の最奥で爆ぜると、ほぼ同時に彼も達した。
「ぁ、……ぁあ、……っ」
 ぽろぽろと涙がエドワードの頬を伝った。その頬に、そっと唇を寄せる。
「兄さん」
 愛してる、と声には出さずに告げる。エドワードはただ目を伏せた。
「愛してる」
 今度は声に出して告げる。それはひどく切実な言葉だ。
 愛してる。愛してる。愛してる愛してる愛してる。
 いくら言葉にしても、きっと自分の感情を何分の一も伝えられない。それでも、言葉にせずにいられなかった。
「愛してる。だから、……また、必ず逢おうね」
「アル……?」
 顔を上げ、不安そうにエドワードが自分を見上げる。こんな表情をさせたくはなかったのに。
 けれど、そう思う側から意識が遠のいてくる。もう少し。せめて、あと一時間。そう思うけれど、叶わないことはすでに知っていた。
「残念。……タイムリミットみたいだ」
 口惜しく思いながらもそう告げ、どうにか微笑みの形に唇を曲げる。さようならという別れの言葉だけは決して口にしないと決めている。その代わり、愛しているともう一度告げた。
「アル」
 オレも、と。そう聞こえたのは空耳だろうか。けれど、聞き返すこともできず、次の瞬間には意識は完全に途切れ、虚無の世界が覆う。そして。


 ――――――そして、再び扉が開いた。




 


 夢を、見ていた。


 目を開くと、馴染みの天井が見えた。イズミから与えられた自分の部屋だ。昔はエドワードと二人で使用していたが、今はアルフォンス一人がその部屋の主だった。
 起きあがろうとして額を抑える。頭がひどく痛んだ。
(雨漏りを直す為に屋根に上がって、滑ったんだっけ)
 理由を思い出し、情けないな、と苦笑する。大方その時に気を失ったのだろう。メイスンかシグが自分をこの場所へ運んでくれたに違いない。
(あとで、お礼言わなきゃ。それから謝罪も)
 きっと心配させたに違いない。イズミからはお小言を頂戴するどころか、鉄拳制裁も考えられる。たるんでいる証拠だ、と言われたら返す言葉がない。
(それにしても)
 そう、それにしても。なんだかひどく不思議な夢を見たような気がする。
(どんな夢だったっけ?)
 考えてみても、思い出せない。けれど、とてもリアルな夢だったような気がする。夢とは思えないくらいに。
 夢の中、自分はとても幸福で、そして切なかった。そんなことは思い出せるのに、夢の内容だけが思い出せない。たまらなく歯がゆい気持ちになった。多分、良い夢だったのだろう。歓喜の感情をおぼろげに思い出すことができる。
(でも、本当に)
 本当に、夢だったのだろうか。
 そんな奇妙なことを一瞬考え、肩を竦める。当たり前だ。夢は夢でしかない。それなのに、何故そんなことを思ってしまったのだろう。夢の内容も思い出せないと言うのに。
「変なの」
 口に出して呟く。それからひとつ、小さくあくびをした。
 眠っていたはずなのに、ひどく眠い。そんなに自分は疲れるような事をしていただろうか。
(もしかして、ボクの精神だけがどこかに旅してきたのかな。だから疲れてる、とか)
 あり得ない想像をして、苦笑する。そんなこと、あるはずがないと言うのに。今の自分はどうかしている。
 けれど、何故だろう。思い出せないからだろうか。奇妙な程大きな喪失感が存在している。とてもとても、大切なことを自分は忘れてしまった。
 その喪失感に慣れないまま、アルフォンスは立ち上がる。ゆっくりしている暇などない。自分はエドワードに。誰よりも大切な人に逢う為にもっともっと、錬金術を学ばなければいけないのだから。
 ふと、視線を感じて顔を上げ、窓を見た。そこには誰もいない。変わりに、窓に映った自分の姿があった。
 ―――何故だろうか。
 窓に映った自分が微かに笑ったような、そんな気がした。


END